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1982年8月発行 広報よみたん / 8頁

9.3ヘクタールに生産の息吹き 夏植さとうきび作付け準備に大わらわ 西部連道地区ほ場整備事業

9.3ヘクタールに生産の息吹き 夏植さとうきび作付け準備に大わらわ 西部連道地区ほ場整備事業
 新たな生産の息吹きをめざし、農業構造改善事業や土地改良総合整備事業を積極的に押し進めている本村の農業振興施策は、着実に事業実積を実らせ農業生産の息吹きは凄じい勢いを感じさせます。
 昭和五六年度から事業着手し四ケ年計画で進められている西部連道地区ほ場整備事業も着々と進み、すでに前年度(昭和56年度)において波平地区西部連道ほ場整備が完了、全整備計画のうち一〇%に当る九・三haほ場整備を終えました。整備を終えたほ場は、縦横に農道、排水溝が整備され労力の省力化が見込まれ、生産体制を整えています。すでに今期作付けの夏植さとうきびを予定し、新たな生産の息吹きを見せはじめました。
 西部連道地区ほ場整備実施地域は通称・ボーローポイント射撃場と呼ばれ数年前まで米軍基地として供されてきました。基地内には戦略的価値の高いホークミサイル・メースB基地が構築され脅威的存在になっていました。だが、沖縄県の祖国復帰後県内の米軍基地は整理縮少が進み、ボーローポイント射撃場においても昭和四八年六月三〇日メースB基地の返還を契機に、逐次返還され、今では瀬名波通信施設、通称・FBIS基地を除く本村の西の端の拡大な面積約三五三ha(一〇七万坪余)はすべて返還されました。
 返還後は、同地域の跡利用を模索するなかで、数々の跡利用計画案が練られてきましたが、農業でムラ起こしをめざしている本村では、ボーローポイント返還軍用地南地区地主会(安田慶文理事長)の意向を受けて、同地域の約一九〇haを農業用地として位置づけ、土地改良総合整備事業を導入しました。
 西部連道地区における今年度のほ場整備事業は第二年次を迎えます。すでに工事は着工され、波平、高志保、渡ケ次、儀間地区にまたがる一〇・一haにおよぶ拡大な面積でほ場整備は進められ、新たな生産への息吹きをみせはじめています。工事の請負は八城建設(玉城敏雄代表)が七〇八○万円で請負、昭和五八年一月三十一日竣工をめざし、工事は急ピッチで進められています。
 西部連道地区ほ場整備事業は、昭和五九年度を事業完了年度にしています。完了後のほ場面積は約九一haに達し四六四農家がサトウキビを主体に甘藷、野菜類花卉類を生産する計画でいます。

※写真「ほ場整備が進められている旧ボーロポイント跡」は原本参照

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