そんちょう日記 №11 読谷村長山内徳信
今年も秋の季節が訪ずれて来た。昔から読書の秋・スポーツの秋と云われてきた。
日曜日ごとに運動会がある。人間の生活も大自然の営みに合わせて行われていることがよくわかる。これは人間の最高の智恵であり、同時に、人間も自然を構成している一員であり、一要素だと云う認識によるものであろう。
さて、私は昨年、宇座の婦人会の依頼を受け、講演をすることになった。内容は、読谷の「文化村づくり」を中心に、「沖縄の言語(地方語)」及び、「人間の主体的な生き方」について、身近な事例を取り上げながら話した。
私は、会場に家で使っているヤチムンの里で出来た注口(チューカー)(急須(キュウス))と茶碗(チャワン)を持って行った。すると、婦人の皆さんが、「公民館は急須はないと思ったのですか」と云う。
私は読谷のヤチムンの里で出来上った生活用器を宣伝することは、一石二鳥どころか、一石三鳥四鳥にもなり、婦人会の皆さんをはじめ、村民の幸せと、人間としての生き方の主体性、創造性の確立に結びつき、文化村づくりの実践の一つだろうと思ったからである。
戦前教育を受けた多くの人々は、沖縄の言葉(方言)を卑下し、劣等視し罪悪視するようになっていた。それは、皇民化教育、中央集権的教育、軍国主義教育を目指す「方言札」の結果であった。
柳宗悦は「標準語も沖縄語も共に日本の国語である。一方が中央語たるに対し、一方は地方語である。国語として共に尊重せられるべきである。」と云う。
注口(チューカー)。それは沖縄口(ウチナーグチ)であると共に、大和口でもある。おもしろいことだ。沖縄では日常生活の中にその言葉は生きている。
自らの文化を否定する者は、しばしば自らの言葉を忘れたふりをする。
沖縄の人が沖縄を、読谷に住んでいる者が、読谷の地域特性を忘れた時それは自滅への道となる。