おめでとうございます 97歳 花ぬカジマヤー
10月23日は旧暦の9月7日。12支にちなむ97歳の長寿を祝う「花ぬカジマヤー」である。97歳のお年寄りたちが童心に返るといういわれで、古から伝わる年中行事のひとつ。ことしも村内で4名の方がカジマヤーをお祝した。長寿を心からお祝し、広報スポットをあててみた。
村の生き字引 座喜味四一〇 波平正助翁
十一名の大家族に囲まれ華やいだ余生を過ごされる正助じいさん。核家族化が進行するなか、なにかとうらやましい限り。三男の宗順さん家族と同居、玄孫まで含め六〇名近い大一族。正助じいさんはザキミゼーク(大工)で有名、戦前の読谷国民学校本校舎も正助じいさん等が棟上げしたという。また、獣皮荒廃と化した読谷村の再建をめざし、村再建の先遣隊としても活躍された。
大工で鍛えた体は自慢の種。昨年まで弁当持参でキビ刈り出し、束ねる素早やさは若者たちをア然とさせた程。記憶力の確かさも抜群、明治の人が少なくなるなかでまさに生き証人ともいえる。部落の幹部を勤めたとあって、村の出来ごとは生々しい程の記憶力、生き字引こと、正助じいさんの記憶によるところが大きい。長寿の秘訣は規則正しい生活にある。タバコは一日一個というヘビースモーカーでもあり、代りに酒は一滴とて口にしない。一徹な精神はときに家族を苦笑いさせ、絶対的な権力は”正助天皇”を誇っている。
文才じいさん 渡ケ次六〇 比嘉牛翁
余りの若々しさについ戸籍を疑いたくなる程の牛じいさん。みごとな白髪をシチ・サンにピシッと決めるハイカラな装いは、どうみても七〇代のヤングじいさんにしか見えない。最近まで長男孫との同居、だがひとり暮らしが気楽とはかり”独身貴族”を謳歌するこのごろ。ときたま三女の松田タツ子さん(大湾)が訪ねて行くが、接待される方ですと苦笑いする。
牛じいさんの記憶力と標準語の確かさは抜群だ。カジマヤー祝の答辞も自分でと意気込む程、名所旧跡での碑文を読み歩くのも楽しみのひとつで、なかなかの文才じいさんだ。牛じいさんは美食家としても有名、肉食中心で野菜はダメ。たばこは二日に一個、酒もダメ、心は豊かに早寝早起きが長寿の秘訣だと語る。
ドライブが好きだと語る牛じいさん、ピシッと伸びきった腰、耳の不自由さを除けばどうみても七〇代のヤングじいさんだ。若い頃は首里までチャーギ棒をかついで馬喰稼業もやり、足、腰の強いのはそのときの鍛えだろう。と話していた。
きれい好きで有名 瀬名波一八三 神谷ウシばあさん
ウシおばあさんの両手の甲の鮮やかなハジチはハジチ文化を解明するのに貴重な証人、併せてウチナーカンプー、ジーファー(かんざし)は明治を語るに欠せない存在になっている。
ウシばあさんはきれい好きで有名、身の回りの洗濯はすべて自分で済ませる。一日に十数回と小さなバケツで水を運び、こまめに洗濯するのがウシばあさんの日課、これも健康法のひとつで長寿の秘訣だという。また、ウシばあさんはお茶好きでも有名。一日に大きなキュースの二杯を軽く空にするという。現在、長男嫁のツルさんと二人暮らし、孫やひ孫が訪ねてくるのが一番楽しいという。ウチナーぐち(方言)にかけては天下一品、そのためか、ひ孫たちに理解しにくい面も多く、ときにひ孫たちは面食い苦笑いするという。
ウシばあさんはこれまで病気知らず、嫁の病院通いに「からだを大切にしなさい」と注意するという。長寿の秘訣は「くよくよせず」だそうだ、カメラ映りを気にしてポーズを整えるハイカラなウシばあさんである。
眼鏡なしで針に糸 渡ケ次一一三九の二 知花ウシばあさん
ウチナー芝居は三度の飯より好きだというウシばあさん。採光の良い自室にテレビを備え、ことに「恋がたれー芝居」が好きだというロマンチックなばあさんです。ウシばあさんの日課は髪の手入れから始まる。まっ白い、髪は時間をかけてこまめに整え、そのあと身のまわりの整理整頓に急がしい。若いころ痛めた傷が災いして、数年前から足腰に少々不自由を感じるようになった。だが五感につけてはまだ七〇代の感覚、ことに目については眼鏡なしで針穴を通す勢い。
ウシばあさんは若くして夫に死別、子供にも恵まれなかったと寂しがる。だが養子の知花盛勝さん夫婦に温かく見守られ、快適な毎日を過ごされている。ウシばあさんの長寿の秘訣は「なにごとにもくよくよせず」だそうだ。それに決まりよい食生活、やさいをたくさん食べること、そのことは娘時代から励行していたという。そのためか病気知らず「年寄りが病気したらもう終りだ」と健康のありがたさを悟す元気のよいウシばあさんである。
※写真は原本参照