読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1983年2月発行 広報よみたん / 9頁

古(いにしえ)の文化にふれて 渡慶次小学校五年山内努

 先の第8回よみたんまつりで渡ケ次小学校135名の児童たちが熱演した歌舞構成「ゆがふユンタンザ」は、観る人々に大きな感動を与え、いまだ記憶にあたらしいのがある。
 児童、教師たちのにじみでる努力の成果が桧舞台での成功をおさめた。その足跡を同小5年生の山内努君が先の村内童話大会で発表し盛大な拍手を受けた。
 題材は「古の文化にふれて」先人たちが築いた文化にふれ、発表を通して友情の輪が広がって行く様を鋭いタッチで発表したもの。
 広報よみたんでは、山内君のにじみでる努力の成果を紹介します。

古(いにしえ)の文化にふれて 渡ケ次小学校五年 山内努
 旅ぬ出じたちくわんぬんど-
 「ちえっ!今日もまた早朝練習か、ほかの組はいいよな。朝は自由で、第一方言の歌なんてまるでちんぷんかんぶんでサあいつのせいだぞ」「お~いただよ君何をひとりでおこっているんだい」
 「努、君のせいだぞ」「何を言うんだいきなり」「学級会での君の発言だよ」「学級会?」「あああのことか、でも読谷まつりへ参加することは、みんな賛成だったじゃないか」「それは……わたあめ買って食べたり、焼きいかがあったり、おもしろそうだったからさ。君が早朝練習やろうなんて言わなければよかったんだ。君のせいだぞ」
 その日は、授業が終ってもただよ君たちは一言もいわず、ぼくをさけるようにサッサと帰ってしまった。一人でぼんやり帰るぼくの耳に、いつしかお祭りへの参加の意義を話す先生の声が聞えてきた。
 「ゆがふ村ユンタンザはネ、昔の古きよき読谷村のくらしを歌や踊りで表現したものなのよ。古きをたずねて、新しきを学ぶということでも意義のある参加だと思うわ」よし!やろう、なんといわれてもやることが大事なんだ。みんなもそのことに気づけば、きっとやる気をおこすにちがいない。そう決心がつきはじめたとき、ぼくは家の玄関の前へさしかかっていた。
 すると「アイアイ、努どやんな、おかえり」。「あっ、オジーちょうどよかった。ぼくたちはネゆがふ村ゆんたんざという劇で、上い口説を歌うんだけど、このはやしことばとてもむつかしいんだ」「サティサティ、うざぬたちむい……」
 「ウネ、努よヌーガイイヤーヤ、アンシムニシリヤル。ウレー昔ぬオモロんかいかかっとうしるやんど……。」
 祖父の説明で方言の中にこめられていることばの意味がひとつひとつとかれていったとき、再び先生の話されたことがぼくの頭にうかんできた。力強い勇気に満ちた祖先のこと、なんとすばらしいんだろう……。
 つぎの朝、ぼくは大きな声で上い口説を歌った。みんながびっくりした様子でぼくの方をみていた。すると「へへへ……ここどうして歌うのか、ぼくにも教えてよ」。てれくさそうに、ただよ君まで近づいてきた。思わぬそんなことがあって、ぼくたちの早朝練習にはだんだん熱がこもってきた。もう、みんなの心は「ゆがふ村ユンタンザ」を成功させようという意気込みにかわってきていた。
 いよいよ当日「努君、このあいだはごめんよな。今日はオレもがんばるよ」ただよ君の右手とぼくの右手は強く握り合わされたとき、ドドドド、トントントン、太鼓の音が高らかに鳴りひびき、みんな舞台いっぱいに整列した。三味線の伴奏と共に”上い口説”の歌が一斉に流れていった。会場はシーンと静まりかえった。ぼくはドキドキする胸をおさえて一生懸命に歌った。
 「サティサティうざぬたちむい……とうあちねえーらち、西風、南風サラサラふきばかりゆし船や出じゃいちちやいわしたにせたあん心あわちょていうみはまらんでんやみあらにいやさサッサハイヤー。」

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