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1983年8月発行 広報よみたん / 3頁

叱って!愛のムチで親子の絆を太く 古堅中三年平安和枝

叱って!愛のムチで親子の絆を太く 古堅中三年 平安和枝
 よく「少年非行だ!校内暴力だ!」と言って騒がれますが、私の周りにも校長室に呼ばれたりする人がいます。何であの人が呼ばれるようなことをしたのだろうかと、不思議でなりません。
 前にこんな出来事がありました。休み時間に一人の男生徒が数名の生徒に、なぐるけるの暴力を受けました。休み時間のことで周りには多くの生徒がいたのですが、誰一人として止めることも、先生を呼びに行くこともできず、ただ傍観していたのです。心の中では何とかしなくちゃと思っていても、仕返しがこわくて、勇気がでなかったのです。「すぐ止めなければ」「先生に連絡を」という当然しなければいけないことを、私たちはどうしてできなかったのでしょう。
 こうした問題が起こるということは、その人達に対する私たちや、周りの大人達の接し方にも、問題があるのではないかと思います。ちょっと問題を起こしたり、服装が悪かったりすると、変な目で見て特別あつかいをしたり「自分とは関係のないこと」だと見て、見ぬふりをしたりしてはいないでしょうか。
 また、よくツッパリ、ツッパリといいますがある新聞に、非行少女の記事があり、その少女が”ママ見て、私を見て”ツッパリながら、こう叫んでいたのよ、ということばが乗っていました。それがとても印象に残っています。少女はツッパルことで母親の関心を引こうとした。というのです。そういった人達が、今、一番望んでいることは「親子のふふれあい」「親子の対話」ではないかと思います。
 私は中学二年のとき、友人関係がこじれてすごく悩んだことがありました。そんな時に母が「どうしたの」と聞かれ、打ち明けると母は、母の中学生の頃の話をし「友人とのいざこざや、いろいろなことがあってこそ人間は成長して行くものよ。何もなくて成長して行く人より、よっぽどましヨ」と、アドバイスしてくれました。
 もし、あの時に母が、私の悩みを、子供のたんなるちっぽけな悩みだと言って、相談にのってくれなかったら、私は自分の気持をどう処理してよいか、わからずよけいおち込んでしまっていたでしょう。
 大人にとってはちっぽけなことだろうけど、私たちにとっては真剣です。どんな小さなことでも、相談にのってほしいと思います。親に注文ばかりつけて申し訳ないのですが、もうひとつに、自分の子供を叱ることも大切だと思います。
 叱られるその時はいやでも、後でふり返ってみると「有難い」という気持になると思います。私達中学生は、親にかまわれたいし、叱ってもらいたいのです。

※写真「平安和枝さん」は原本参照

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