読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1983年8月発行 広報よみたん / 11頁

第16回村婦人の主張大会から 子供らと共に考える社会 仲宗根悦子

子供らと共に考える社会 仲宗根悦子(儀間婦人会)
 「お母さん、この魚の名前なんて言うの」。夕食をしている時、いきなり四年生になる次男が聞きました。私は「グルクンよ」と返事をし別にはしをとめませんでした。ところが側から中学二年生になる長女が「グルクンは県魚よね」と言うと今度は、六年生になる長男が「県魚だったら食べたらいけないんじゃない?」と思わぬ疑問をつきつけたのです。そこで私達夫婦は顔を見合わせ、その事にどう説明していいのかとまどい、「じゃー県花は…」とぎゃくに質問してみたのです。すると、県花はデイゴ、県鳥はノグチゲラ、県木は琉球松で…と誰かが言い終らないうちに「じゃーなんで琉球松はあんなに枯れて緑が赤茶けているの!かわいそうじゃない」と口々に言い出し、とうとう五才になる次女までが「かれないうちにお水かけてあげたらいいのにね」といったのです。
 その晩、私は子供達との会話が頭からはなれず、なかなか寝つけませんでした。まだ、子供だ、子供だと思っていた我が子供達が社会環境の変化をじっと見つめ、やさしい思いやりで自然を大事にしようとする心にびっくりしたのです。琉球松を枯らしちゃいけない!琉球松よ、大地にどっしり根を張ってそのたのもしい姿を見せておくれ。これこそ、子供達、又、私達沖縄県民の願いなのです。にもかかわらず、松食い虫やみさかいない開拓などで次々撲滅させかけられ、今頃になって、どう保護して行くかが難問題として上げられていますが、それは、自然の動植物だけでなく、私達人間自身も今、手元にいるすべての子供達が中心となるすばらしい未来社会を予想する事は、あまりにも難しく、こうあってほしいと『人間像』を描いて育てても果して!と不安が頭をかすめるのです。
 本土復帰して十二年目に入り、復帰前と比べると県民の生活はたしかに向上し、物質文明の進歩により、衣食住にもかなりレベルアップの傾向を見せています。が、なぜ、私達は日常生活に不安や不満を取り除く事が出来ないのでしょうか。一言で、幸わせだと言ってしまえばそれまでですが、私達を取り巻く現在の社会情勢を考えて見ますと、刻々と予想もしなかった色々な変化が社会を、又、家庭をむしばんでいる事を見過ごす訳にはいきません。最近、よく青少年の校内暴力や非行問題が大きな社会問題としてクローズアップされ、その発生件数の激増ぶりにはいつそう目をみはります。
 文部省の昭和五七年度の調査結果をみますれば、公立中学校七校のうち一校が校内暴力が発生し、沖縄県の場合、さらにそれを上回っているとの事です。この事は、子を持つ私達母親にとって無関心ではいられない大きな問題です。それに、私自身も中学二年生を頭に二男、二女の母親であり、共稼ぎ夫婦ですので今ここで皆さんと共に常日頃、私達母親の言葉や生活態度がどれ程、子供達に大きな影響を与えているかを考えて見ましょう。
 そう、すべての子供達は私達母親の胎内から「オギャー」と元気なうぶ声をあげ、十年位前でしたら、だいたいの母親が母乳で自分の子を育て、そのスキンシップを通して母と子の愛情のきずなを保って来ました。所が、最近はどうでしょう。自分の体形がくずれるとか、やれ年寄りくさく見えるなどといい、自分達のわがままの為に、私達、母親だけに与えられた特権である母乳ですら、ミルクという人工栄養にかわり、おやつにしろ、一歩外へ出ると何でも自分のほしいものが買える時代になりました。そのせいか、子供達は物や人に対するありがたさやがまんをする力もうすれて来ています。他人の立場を考えるどころか、自分自身の事も正しく判断し、行動する事が出来ないようで、ものの善、悪に対しても、友達に左右され、ほしい物があれば窃盗をし、気分まぎらしに酒やタバコ、あげくの果にはシンナー遊びにふけるというような非行少年が多くなり、それも、年々低年令化しつつある事を皆さんは御ぞんじでしょうか。
 今、皆んなが自分の子だけよければいいとか、自分の子に限ってと言う気持ちをいっさい捨てて、家庭教育がすべての子供達の基礎基盤を示しており、その家庭の中でも私達母親が一番重要な役割を背おわされている事を認識しなければ、今後の社会はどうなるかわかりません。「皆さん、覚えていますか」あの私達が幼なかった頃、田んぼのあぜ道をチョウチョやトンボと駆け巡って遊んだ時の事を…。残念ながら、今ではあのような情緒豊かな素朴な生活はもう見あたらなくなっています。それゆえに、人と人との心のふれ合いもうすれて来たのです。毎日、毎日が忙しさに追われ、自然のすばらしさを忘れ、心と心のふれ合いをおこたった私達大人、社会全体が現在の非行少年少女を生みだした原因ではないでしょうか。私は、それらをつくづく痛感し、せめて自分の休日には子供達の好きなおやつを作り、散髪をしたり、又、何か物を買い与えた時でも、たとえ中学生であれ、名前の記入をいっしょにやってあげるよう心がけ、主人も主人なりに自分の時間の許す限り、やぎの草かりや小屋の掃除など自然の中で子供達と接触するよう心がけてくれます。
 そして、そのスキンシップが心のふれ合いになるのなら、世のすべての青少年にも不信に思う時、どこへ行くの!何をしているの!と声をかけ合うやさしい心くばりをし、私自身、すべてにまだまだ未熟な者では御座いますが、皆さんと共に家庭での会話を第一歩とし、子供の服装点検やしつけの面などに重点をおいて勉強して見ようではありませんか。そして、良き事は他の家庭からも学びながら、家庭が非行防止の第一の場として月に一回でも家族会議を開いてみたらいかがでしょう。社会においては社会のルール、学校においては学校のルールがあるように、私達家庭においても個人、個人の果たす役割、仕事分担を決め、勤労精神を養ないながら地域社会、学校、家庭と三者の密接な連携プレーをやる事によって、心身共に健全な子供、明るい家庭が生まれ、人間性豊かな文化村へと発展して行くのでしょう。子供らと共に考え、行動して生きていける社会こそ、真の幸わせはあると思います。皆さん、共に助け合って生きて行こうではありませんか。
第16同村婦人の主張大会から

※写真は原本参照

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