「九州はひとつ」-第10回日中友好「九州青年の船」一行総勢420名は去る8月29日から9月11日までの間、中華人民共和国へ友好親善の旅へ出発し、上海・天津・北京の青年たちと親善交歓を通して、相互理解と信頼を深め、日中平和の友好親善の大任を果たしました。
沖縄県からも46名の青年たちが参加し、そのなかには本村出身の上原恵子さん(都屋)、知花律子さん(波平)、知念育子さん(波平)3名が参加、地理的、歴史的にも最も関係の深い中国の青年たちと交歓しあい、貴重な体験を積み国際的な視野を広めてきました。
村出身者の三嬢はそれぞれの立場からレポートをまとめましたが、今般「広報よみたん」では上原さんのレポートにスポットをあて、村民へ紹介したいと思います。
中国との出合いの中から 上原恵子(都屋)
九州青年の船乗船前の約二週間、私の所属する青年団の大きな行事の一つであるエイサーまつりを控え忙しい毎日をおくっていた。福岡行きの飛行機に乗っても新さくち丸に乗船してもこれから中国へ行くんだという実感は不思議なくらいになかった。自分が精神的に不感症になってしまっているのではないか、中国へ行っても何も感じることがなかったらどうしようという不安にかられたりもした。が、上海港が見えてきた時の感激、出向えのドラの音を聞いた時の感動、心に押し寄せてくる力強いものがあった。ああ中国へ着いたんだ。私はこんなにたくさんの人々にこんなにも歓迎されるだけの何かをもっているのだろうか。上海港へ中国へ第一歩を踏みしめた時の正直な感想である。
さっそく中国での参観活動が始まった。病院・工人新村・人民公社・人民公園・天安門広場、二度と入ることはできないであろう人民大会堂での昼食……。
病院では針麻酔による外科手術を見学し激しいショックを受け漢方医薬に中国の歴史を感じ、工人新村の工場では一生懸命に働いている人々と出会い、人民公社では心のこもった昼食をごちそうになった。書きあげていけばきりがないほどたくさんのものを見、感じた中から、特に強く印象に残ったことがあった。それは中国人の精神の誇りである。確かに日本は物が豊かである。がその豊かさの中で忘れてしまった何か、そう「心」の大切さを彼らはもっていると感じたのである。と同時に物に支配されている自分自身の傲慢さを感じた時には、はっとした。日本にいたら頭ではわかっていても決して「感じる」ことはできなかったであろう。
さらに中国青年との出会い。青年宮で一生懸命活動していた青年達。中でもフォークダンスを教えてくれた人達。仲々覚えられない私にそれこそ手とり足とり教えてくれた。ほんのささいなほんの短い時間のできごとなのに私の心の中に強く残っている。そして彼らとの懇談会。とても堅実に物事を考えていると感心させられた反面、誰に聞いてもハンで押した様な答えしかかえってこないことに物足りなさを感じたりもした、が、私達が出会えたのはほんの一部の青年であり、国家という壁にはばまれ、たて前の部分があったのかもしれないし、いい面しか見せない部分もあったのかもしれない。ともあれ、よく働き熱心に学ぶ素晴らしい青年達、交流の歴史を重ねてゆき、「反交」ではなく理解しあえる日、日本、中国という垣根をとびこえて裸と裸で話し合える日を願う。そのためにもこの九船は役立っているのではないだろうか。
生きている中国、新しい中国とすばらしい文化遺産をもつ中国。文化遺産の代表としての万里の長城や故宮を見、それをつくった人々とその時代に思いを馳せた。登るだけでもたいへんな万里の長城、そこにあの石を一つ一つ積み上げていった人々、故宮で即位したという二十四人の皇帝、彼らが座っていたであろう豪華な椅子。その下で苦しんだ人々、さらに伝統芸能・工芸のすばらしさに中国の歴史・誇りを感じ、日本へそして沖縄への影響の大きさを思った。「歴史はくり返す」と言うが、かつて中国が日本に偉大な影響を与えた様に、それ程の偉大さはないにせよ今度は日本が影響を与える番、さらに中国が大きな影響を与えてくれる日が来るであろう。
上海・天津・北京と旅してきて、設備的にはよくなった。端的に言えば不自由を感じなくなったが、一番不便でありながら一番強い印象を私に残してくれたのは上海であった。上海港を出港した時の感動は天津出港の際にはなかった。そのかわりに一種の淋しさがあった。その淋しさって一体何だろう。自分もコックをひねれば水もお湯も出る、トイレにも安心して入れるという便利さを求めながら、全てが便利になってしまったら中国が中国でなくなってしまうのではないかという不安である。中国はどんどん伸びていくだろう。その発展を期待しながら、今来れてよかった、がんばっている中国を見れてよかったという思いである。これはほんの二週間だけの旅人である私のエゴであろうか。
中国は今、国をおこすことに必死である。精神の誇りを忘れそれが達成されたとしたら今の日本の状況になってしまうのではないか、この一生懸命さで迫られたら日本もすぐに追い越されてしまうぞ、という危機感を実感し、さらに日本がこのまま進んでいったら、先を行っているアメリカの状況になってしまうのではないか。私達はもっと世界の情勢に目を向けていかなければならないのではないか。外からのいわゆる進んでいるという文明だけをとり入れて行ったら、どこへ行っても不自由はしないが、どこへ行っても同じという状況を呈すのではないか。媚をうることなく、地域性・文化・誇りの大切さを確認し継承に力を入れていかなければならないのではないか。今度の中国への旅は日本の悪い面を、そして良さを再確認する旅にもなったと思う。何やかやと言っても私は日本が好きで沖縄が好きなんだということも確かめられた。だからこそ日本をそして日本の文化を大切にしていきたいと同時にそれと同じくらい外の文化を大切にすることのできる人間でありたいと思った。それがもしかしたら世界の平和につながるのかもしれない。たくさんのことを感じ、考えさせてくれた中国よ、再見(ツァイツェン)。(さようなら)
※写真「上原恵子さん」は原本参照