昭和五九年九月二五日、日本時間の午前十一時三〇分、長崎空港を出発、上海へ向う、中国時間十一時五十分上海着、飛行機のタラップを降りると、ドラや、タイコのなりひびく中、民族衣装をまとった数千人に及ぶ中国の子供達や、青年らの大歓迎を受け、我々日中青年友好交流団中国十日間の旅が始まった。
日中青年友好交流、それは、一九八三年十一月二三日、中国共産党の首脳である胡耀邦総書記が来日し、日本の各地、各界を訪問し交流した際、十一月二六日の日本各界青年の集いにおける演説で、日本の青年三千名を招待するということに端を発し、その一年後に実現した大交流である。
各都道府県代表団を始めとし、大学代表、政党代表各種団体代表の合計ニ―三団体、三〇一六名の大交流団で沖縄県からは十五名が参加しました。
さて我々沖縄県交流団の上海での行動は、二五日午後の甘泉中学の参観、上海展覧館での晩餐会、噴水広場でのダンスパーティー、二六日は虹口公園での交流長征人民公社での交流、ニ七日は烏魯梢自由市場見学及び上海市工芸展覧館見学であった。
二六日の虹口公園での交流は、日本側一五〇〇名と中国の働く青年約六五〇〇名の大交流会であった。
午前九時、中日友好記念時計台の除幕式より始まり上海市青年連合会主席より「この時計のように、私達の友情は、永遠に止まることはありません」とあいさつがあった。
午後は長征人民公社の参観であった。人民公社とは農村のことであり、そこでは生産手段として大型農業機械、工場、学校、トラック等を所有して、その人口は二万から三万人といわれている。 ビニールハウスでは、キュウリ、トマトが栽培されていた。ハウスの構造は、鉄骨ハウスであった。 農家の住宅はレンガ造りであり、二階建てであった。農家一人当りの居住面積はニ四平方メートルである。なお、住宅の建築は涸人の金で建築したものだという。一般的に農家の場合、共同農場と自留地を耕作することができ、自留地で取れた物については、自家消費したり、出荷することができることから、他の市部のエ場労働者より比較的高い所得だという。
晩は一万八千人収容の上海体育館も超満員するほど参加で交歓会が行なわれた。帰りの際、夜の十一時だというのに大勢の市民が路上で手を振ってくれた。大声でロンホー(こんにちは) チェーウォー(さようなら)と皆なで叫び続けた。市民は全てが手を振って答えてくれた。このような幾重にもなった市民の列が数kmも続いているのだ。中国の人ロの多さを目のあたりに見た。
二七日の朝、烏魯杭自由市場を視察した。自由市場とは農家の自留地で取れた農作物の他、畜産物、スッポン、ウナギ等の養殖産物更に衣類等の手工芸品まで販売できる場所である。
値段は国営市場より少し高いが、購入する側も商品券を持たずほしい物をはしい量購入することができる。
南京においての交流の日程は二八日は外語学校、自動車学校の参観、玄武公園での交流、二九日は、中山陵視察、長江大橋の視察であった。ここでも熱烈な歓迎とすばらしい交流が行なわれた。
二九日から十月三日までは北京で歓迎レセプションや歓迎大会が催され、一日には国慶節を参観、二日には万里の長城、明の十三陵視察、三日には、平和人民公社での交流、胡宮博物院視察をした。
日本青年歓迎大会は、北京首都体育館で催された。中国共産党胡耀邦総書記、のあいさつ、日青協会長のあいさつ、中曽根総理のメッセージがあった。
胡耀邦総書記のあいさつの概要は次のとおりである。「私達相互間の友情を深め強固にするためには、友好的につきあう原則を遵守しなければなりません。これは四つの原則・・・平和友好、平等互恵、相互信頼、長期安定であります。日本の皆さんがこのたび、すばらしい友情を携えて来られたことに感謝の意を表します………。」
十月一日いよいよ国慶節だ。天安門広場は、南北八八〇m、東西五〇〇m面積四四haの世界一広い広場である。午前十時、建国三五周年記念の国慶節は、中央軍事委員会主席、鄧小平のあいさつにより始まり、周囲の観客を含めると一〇〇万人以上の大会であった。我々三千名の交流団は、天安門前につくられた特別席においてこの行事の模様を一部始終見ることができた。そのことは我々交流団が中国にとって非常に重要な客であり、今回の交流会の中で最も貴重ですばらしいもてなしであったと思われる。
十月二日の晩、我々のミーティングに十日間一緒に行動してくれた随行の張さん、通訳の張新さん、朱臣非さんを招待し、ささやかな反省会を催した。
その中で我々の質問したことに答えてくれた点を記する。
問―天安門広場にマルクスらの大きな消像画があるが彼らの評価は
答―マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンの評価は高い、しかし最近のソ連の指導者と中国はあわない。
問―兵士の数が多いようだが。
答―中学生から在学中に微役制度があるがボランティア的なものである。
問―自由市場について資本主義的な発想だと思うが。
答―いいえ、中国式の社会主義である。生活必需品の需給のバランスを保つために必要である。問―農家が近代化施設を購入する場合、国にはどんな施策があるか。
答―無利子、もしくは低利子の融資をする。
九月二五日から十月四日までの中国交流の旅十日間、その間に多くの中国の青年学生逹と知り合うことができ、今後、個人対個人の交流が続けられていくと思います。この交流の旅は、我々に多くのことを教えてくれました。人間とは、交流とは、そして平和とはどうあるかを教えさせてくれました。我々交流団は、あの中国の子供達の笑顔、青年らの真剣な目を忘れることができないと思います。そして、この大交流大会に招待して下さった胡耀邦さんを始めとする中国人民に対し、感謝します。今後、人間対人間のおつき合いにより中国人民に対し、返礼をしていきたいと思います。