読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1987年6月発行 広報よみたん / 4頁

ごあいさつ 読谷村長山内徳信

 本日ここに村民待望の「読谷平和の森球場」が完成し、皆様方をお迎えして落成式並びに竣工祝賀会が出来ますことを心から喜び、一言御挨拶を申し上げます。
 皆様方には公私共、御多忙の折、御案内申し上げましたところ、御臨席の栄を賜り誠にありがとうございます。
 ここに夢でなく現実に「読谷村立の野球場・多目的広場・駐車場」が見事に完成し、その式典がただ今、開催されているところであり、読谷村の二十一世紀に向けての村づくりの記念すべき輝かしい日であります。
 新装オープンされましたこの球場は、南国の照り輝く太陽の下で身体障害者やお年寄りでも安心して観戦し応援できる沖縄県内初の屋根つき観覧席のある施設であります。これは人々に対する「いたわりの気持とおもいやりの心」を少しでも表現しようとしたものであります。
 本日はこの観覧席に村民をはじめ、来賓各位をお迎えして、このように盛大な式典が出来ますことは、誠に感慨無量であります。
 これもひとえに皆様方の深い御理解と御指導・御協力・御支援の賜であり、衷心より敬意と感謝の意を表する次第であります。
 ここに至るまでには誠に起伏の激しい道程であり、理想郷に向う険しい岩山を登るような実践の過程でありました。
 険しい道程ではあっても実現させなければ、というスタッフの必死の努力と厳しい気象状況をも克服して、山頂へ導いて下さいました関係者の皆様方に深甚なる敬意と感謝の意を表する次第であります。
 私は、今回のこの運動施設の実現をめぐって、人間の生き方、政治のあり方、村づくりのあり方、将来への見通しの下に地域を支え合う人々の連帯の問題等、深く学ぶ機会となりました。
 今後とも、「至誠天に通ずる」気持と、「人事を尽して天命を待つ」という信条を大事にしつつ、又、アメリカの歴史が私達に教えて下さった教訓である、By the people and for the people the Government of the people. 即ち(人民の人民による人民の為の政治)と言う意味でありますが、これを(村民の村民による村民の為の政治)と置きかえ、そのことを肝に銘じつつ事に当りたいと思います。
 さて、いよいよ国民体育大会「海邦国体」も、あと四ヶ月後に迫って参りました。その時には、少年ソフトボール男子の選手を全国から、この球場にお迎えすることになります。この球場で「青春と情熱をかけた、一個の白球を追っての熱闘」が展開されるのであります。
 私達は、この大会を「スポーツの祭典」「平和の祭典」として位置づけ、村民ぐるみの行事として成功させ、これを契機に国体以後も村民がスポーツに親しみ、村民スポーツが更に発展してまいりますよう方向づけをしていきたいと思います。
 御承知の通り、この地域は現在米軍基地として使用されているところであり、戦後四二年経過しておりますが、御覧のような状況であります。
 願わくば、一日も早く懸案の問題であります読谷飛行場の戦後処理問題が解決され、この地が小鳥さえずる平和の森として、人々に夢とロマンを抱かせ、躍動感あふれるスポーツの広場となり、あわせて村民の幸せと平和と文化創造の泉となりますことを祈念して「読谷平和の森球場」と命名されたのであります。
 本日は第一部として、将来の読谷を担って立つ青少年達にも、喜びと希望を分ち合う意味で、読谷平和の森球場開きとして午後二時とから、今年三月全国制覇を成し遂げた読谷中学校ソフトボールチームを先頭に、古堅中学校、各字少年野球チームによる記念試合を進めているところであります。
 最後に、本事業誕生の為に、昼夜の別なく生れ出ずる陣痛の苦しみを共にしてくれた役場職員、及び村民の皆様、又絶えず苦悩を理解し合い、御指導・御支援を賜りました関係機関の皆様方に厚くお礼を申し上げ、あわせて立派に設計施工して下さいました業者の皆様、石碑の寄贈、更に植樹等々、多くの方々の御協力のお蔭であります。心から感謝を申し上げご挨拶といたします。

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