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1988年5月発行 広報よみたん / 7頁

随想 高校野球 沖縄県高校野球連盟 理事長安仁屋政禎

 今年、春の選抜大会は第六〇回夏の選手権大会は第七〇回を数え共に記念大会である。
 年々盛大に、今や国民的行事になった感さえする全国大会は、春が毎日新聞、夏は朝日新聞が主催している。もちろん甲子園大会は全国の各県高野連が底辺をがっちり固めているのはいうまでもない。
 全国に硬式・軟式併せて一五〇万の球児がいる。
 「高校野球は教育の一環である」ということが高校野球を鋳型にはめこんで面白くなくしているとい
う声も聞く。社会人野球も少年野球も同じルールでやっているのだから同じではないか、高校野球は思いあがってはいまいかとの批判も聞く、しかし、社会人野球には社会体育的目的があり、少年野球には青少年の健全育成や体力養成等の目的があり、高校野球には高校野球の目的があり、質的な差があると思う。それは「学生野球憲章の精神にのっとり、アマチュアリズムを基に、野球を人間形成の場と位置づけているのである。野球技術だけを見るのであればプロ野球がある。高校野球は、ひたむきさや、努力することの尊さがやがてバランスのとれたスポーツマンとして社会に有為な人材となることを日常的に学び教える場なのである。
 高校野球に問題があるとすれば高校野球の精神を逸脱した勝利第一主義や甲子園病にとりつかれた大人の側にあるのではないだろうか。甲子園には一県から一校、実力と幸運に恵まれたチームだけが出場可能なのだ。大部分のチームは、一、二回戦で敗退しても次をめざして努力精進しているのである。大人の私達も、すぐ諦めたり努力することの空しさを覚えたりせず、この姿勢を学ぶべきだと思う。
 ○甲子園大会審判委員会のこと
 甲子園大会の審判委員は東京六大学野球、関西六大学野球OBを中心に毎年八県の審判員が応援して組織される。
 島袋幸栄君は、沖縄県の審判員の指導者として、人物、技量ともに優れているとして推薦され、去年八月、甲子園の審判委員として活躍した。まじめな人柄、謙虚さ、研究熱心、そして敏捷な身のこなし、現在、沖縄県高野連審判員の中堅として最も期待をされている人でもある。
 審判は試合で目立ってはならない。正しく判定してあたりまえ、裏方に徹しなくてはならない、審判技術の向上によって高校野球のレベルも著しく向上した。高校野球の役員は〔Fマーク(高野連のマークで、フェアー・公正の意)ー野球フラー)根っからの野球好きでないと勤まらない。彼を支えた家族職場の皆さんに感謝の意を表したい。これまでに甲子園の審判に立ったのは島袋幸栄君を含め六名である。
 甲子園は審判員にとっても憧れの晴れ舞台である。甲子園をめざして夢果たさなかった、先人も多い。幸運を多として後輩の指導になお一層の精進を期待したい。
 ○読谷高校野球部のこと
 久しく低迷している感があるが読谷高校野球部の歴史は燦然と輝いている。
 昭和四十年岐阜国体、知念ー福地のバッテリーで帯広三条に四対二で勝ち、沖縄県の国体での初勝利をもたらした。県内の大会では決勝進出九回、優勝三回、九州大会へも三回出場している。金属バットが初めて使用された昭和四九年の第二一回県春季高校野球大会に知念ー平田のバッテリーで小禄高校に五対○で優勝したことなどが印象深い。
 立派な球場も完成し、条件整備はできた。読谷高校は大庭監督のもと一生懸命に頑張っている。
 地域の皆様も、中学・高校の野球に理解と声援をおくり、いつの日か読谷平和の森球場に大歓声が起こりますよう球児たちの活躍を期待したいものです。

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