読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1992年3月発行 広報よみたん / 8頁

【見出し】球児の夢甲子園出場を実現!読谷高等学校 【写真:決定の電話を受ける大田校長:初の甲子園出場に導いた比嘉監督:写真喜びの読谷ナイン・マネジャー:喜友名OB会長も目を潤ませて:選抜決定の日にも普段どおりの練習が行われた:役場でも祝福のバンザイが行われた】

 センバツ決定の電話に「この連絡を一日千秋の思いで待ちこがれていました………」と大田校長は、感激で声も震え、目を潤ませた。
 この報せを聞いた取材陣は一斉に校長室を飛び出してグラウンドを目指した。この様子に、テニス、ハンドボール、ソフトボール、ラグビー、サッカーなど各部の選手らは、自校の甲子園出場の決定を察知。一緒になって野球部のもとに駆け付け、ナインを囲み拍手と大歓声。ガッツポーズをとる者、肩を抱き合う者、感激のあまり泣き伏し目を真っ赤にした女子マネージャーなど読谷高校は、春、夏を通しての初の甲子園出場決定の大快挙に、どの生徒や教師、父母や野球部OBなどの顔にも笑顔が弾け、感激の涙に浸った。
 多くのマスコミによる取材攻勢に、ナインも少々戸惑いの表情を見せながらもインタビューに応え、島袋夏次主将は「最高の気分です。甲子園では自分を見失わないよう全員野球でぶつかって悔いのない試合をしたい」と力強く語り、小さな大投手・玉城宏二は「甲子園では気迫を失わないよう投げぬく」と燃ゆる闘士をみなぎらせ、また、一九八六年の沖縄水産高校以来六年ぶりに県勢を、晴れの『第六十四回選抜高校野球大会』への代表校に導いた比嘉順二監督は「これまでの努力が報われて嬉しい。チームワークが勝因だ。甲子園でも全員野球の精神を基本に初戦突破を目指したい」と出場への抱負を述べられた。父母からは花束が贈られ、野球ナインの胴上げで雰囲気も最高潮。夢の甲子園出場の快挙に読谷高校は、六時には父母やOBを交えた祝賀。パーティーを催すなどお祝いムード一色に包まれた。
 一方、読谷高校選抜出場決定のニュースは瞬時にして村内を流れ、村全域に歓声が沸き起こった。
 読谷村はじまって以来の快挙に役場庁舎には甲子園出場を祝う懸垂幕が、高志保大通りには横断幕が掲げられ、また、地元旅行社は早や大応援ツアーを企画するなど、村内は歓喜のムードにあふれ村民挙げての祝福となった。
 読谷高校の甲子園初出場の決定に、山内徳信村長は「まさに大快挙である。全県から優秀選手を集めた野球留学チームでなく地元(読谷、古堅、山田の三中学校出身者のみ)だけのチームが、地元の高校生だけでも頑張れば出来ると言うことを具体的に証明し、夢を与えてくれた。他の高校にも良い見本を読谷高校野球部が示してくれた。学校創立以来の快挙で、村民にとっても生まれて初めての喜びだろう」と賛辞。選手に対しては「監督、コーチの教えをきちっと守り、甲子園では身上の全員野球で粘りの本領を発揮して頑張ってほしい。願わくば、読谷高校の校歌を県民とともに聞きたい」と述べ、儀保輝和村議会議長も「試合は三月議会と重なるが、試合の間は休会にして応援に行こうと言う話も出ている。
選手には甲子園の雰囲気にのまれることなく、日頃の力を出しきって悔いのない試合をしてほしい。
大阪県人会も待ちわびている。議会、役場、村を挙げて応援する」と激励。
 また、野球部OB会長の喜友名朝保氏は「先輩が成し遂げられなかったことを後輩が成し遂げ、とても喜んでいる。OB会としても全面的にバックアップしていきたい。村民も一丸となって支え、ご支援、ご協力をお願いしたい」と声を詰まらせ、目には涙を浮かべながら語り、偉業を成し遂げた後輩に、先輩としての厚い眼差しを送っていました。喜友名OB会長や島袋朝男父母の会会長らは、読谷野球部の県大会優勝や九州大会ベスト4進出を祝し、初の甲子園出場に夢をかけ、一月十七日に最新のピッチングマシンニ台を贈呈。また、三十日には激励チャリティーゴルフコンペを主催。コンペには約六百人の関係者が集い、甲子園への派遣準備、ムードを盛り上げてきました。
 読谷高校球児、読谷村民にとっても”夢の甲子園”が現実となった今、三万余の村民が心から拍手を送り、輝く金字塔をうちたてた球児を称え、村民一丸となって支援してまいりましょう。
 おめでとう甲子園初出場
  おめでとう読谷高校野球部
 頑張れ!読谷球児
  頑張れ!女子マネージャー

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