読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1992年8月発行 広報よみたん / 8頁

【見出し】日本代表に選抜 柔道読谷から世界へ(松田哲也君・沖尚高三年) 【写真:新垣監督の激励を受ける松田選手:先輩に続けと頑張る読少ク】

 世界一をめざす日本柔道の使命を深く認識し所期目的を十二分に達成されるように・・・・・と、全日本柔道連盟から松田哲也君(長浜一九一一番地1=宇座出身)に「全国高校柔道・ドイツ遠征合宿日本代表選手」としての派遣が決まった(八月二六日~九月二日)。
 日本選手団は、団長、監督、コーチを含め派遣選手は全国から七名。沖縄県からは哲也君一人が選抜された。この背景には、世界に通用する将来のオリンピック候補として、哲也君の実力が名実ともに全日本柔道連盟から高く評価されている証左であると言えましょう。このことは、村民の誇りとするものであり、私たち村民は、日本を代表する域にまで達した哲也君の雄姿に心から大きな拍手と激励の言葉を送りたいものです。
 哲也君は、去る五月の少年柔道日本一(喜屋武元気君)を輩出した読谷少年柔道クラブの出身。日本代表選手に決まったことで、村民への恩返しのためにと母校の道場を訪れ後輩への指導にも専念している。
 嬉しい二重の快挙に、新垣盛雄読少柔道ク監督は「日本代表の座になれたのも地域の人々の理解と全面的な後ろ盾、バックアップなどの協力が励みとなったお陰で村民に感謝したい。これを機会に(哲也君には)後輩の良き手本として頑張り、読谷から世界に羽撃き精進してほしい」と激励。また、強化選手に選ばれた哲也君は「外国人の柔道を研究し、村民の期待に応じることができるようなオリンピック選手を目指します」と力強い抱負を語り、後輩らに対しては「目標に向かって努力し、自分に追い付き追い抜く気持ちで頑張ってほしい」とのアドバイス。そして、先輩の胸をかりて熱心に稽古に打ち込む小・中校生の後輩らは「哲也先輩みたいに強くなって有名になりたい」、「早く強くなって新聞やテレビに出てみたい」と小さな体にデッカイ夢を膨らませていた。
 哲也君は、父・昌一、母・千代子の参男として誕生。小さい頃(小学二年生)から兄の影響を受けて柔道に興味を持ち、嘉手納町の講心館に入門。小学四年に読谷少年柔道クラブに入部して、小学、中学と活躍。高校には柔道の名門・沖縄尚学高校に進学して柔道一直線。団体戦で全国制覇を成し遂げたことでも記憶に新しく、個人戦(71㎏級)で県内無敵の実力者に成長。インターハイ九州優勝で注目を浴び、今回の全日本代表に選抜されドイツ遠征に旅立つこととなった。長男はレスリング、次男も柔道、二人の姉はハンドボール選手として活躍するスポーツ兄弟である。
 読少柔道クの新垣盛雄監督は「哲也選手の海外遠征に伴う派遣費の自己負担分も大きい。父母会を中心として派遣費用を工面しているが、世界に羽撃く哲也君を安心して送り出すために村民の協力もお願いしたい」と呼び掛けていました。
【連絡先】
読谷村役場 (水道課)
読少柔道ク父母会長・松田昌次
(■九五八-二一〇〇)

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