読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

2004年3月発行 広報よみたん / 13頁

読谷村の文化財(36)大木徳武佐

読谷村の文化財(36)大木徳武佐

 大木公民館の北西側の丘陵岩陰に大木徳武佐と呼ばれる宮があります。現在岩陰の前にコンクリート製の祠と鳥居があり、周辺には樹木が繁っています。かたわらの「徳武佐碑」に次のように記されています。「今から六百年前三山戦国の時代中今帰仁按司戦に追われ此処にて身を遁る其の後当地方にて過し帰城す古来徳武佐お宮と称し崇拝す(毎年旧九月十三日参拝)一九六四年旧九月十三日」つまり、むかし今帰仁城を追われた若按司がこの岩陰で身を隠し、後に城を再興することができた。その按司の子孫がこの場所を徳として毎年九月十三日に参拝に訪れるようになった。その後、地元でも徳武佐拝みをおこない、村の繁栄を祈るようになったと理解できるだろう。ある参拝者によるとき徳武佐は救世の神・子授け神のみならず、除難招福・家内健康・繁栄の御利益もあるという。ちなみに時代は古くなるが徳武佐宮の周辺では土器や石斧を拾うことができ、近くに縄文時代の遺跡が残っているだろう。
文・文化振興課 仲宗根求

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