〔32号3ページの続き〕
蛋白質に不足がちなので、養鶏をすることに決め、全グループ員これを実施いたしました。落花生の適地で全員換金作物として栽培しておりますので一部を金にかえ、残りを毎日食べる豆腐にしたり、みそ汁に流しこんだり、いり豆にして子供達のお八つにあて、蛋白質の不足を補うようにつとめ、現在でも続けております。環境衛生面では下水の清掃と台所の整理整頓を毎月十五日実施して空箱利用で柵を作り、明り窓をつけて明るい清潔な台所をつくることに努力しております。一九五六年には、政府の援助もあって入植以来の望みだった水道の施設がなされ、主婦の時間はだいぶはぶけ、過労からは解放されるようになりました。
それからグループで話し合いの上、戸主会の方達にも協力して頂いて、旧正を新正に改めること、十時以後は他所での飲酒を慎しむようになりました。また、作業衣を全員作って農作業に大いに活用いたしました。
施設が一つ一つなされることによって主婦の時間が生み出されたので、一九五七年五月から私達は昼食後の一時間を利用して共同作業を他所から頼まれるたびに、いまでも続けております。その一時間作業の収入はグループの資金として積立てておりますが、一九五七年は九十四弗六十仙、五八年は四十八弗で合計百四十二弗六十仙となりました
次に戸主会の方達との話し合いで三層式の改良便所を造ることにして模合式による方法で全戸完成いたしました。遠く大浜町の移民地の方たちが、ときおりお見えになって、米原は気持のよい明るい清潔な部落だとおほめになりますが、このことは私達も大きな誇りだと思っております。今後もますます部落の美化に力を入れていくつもりです。
またグループでは共同養豚をはじめて、いまは四回目の飼育にかかっていますが、豚五頭から五十二弗七十仙の純益をあげ、栄養会として会員が試食をするなど、お互いの親睦にも役立っています。なお全員「家の光」を読んで感想を話し合い、普及員から指導を受けて家計の記入も続けております。
生活改善は経済の裏付が必要なのでグループの基金を増やさなければと、バナナ栽培の計画をいたしました。一九五八、市有地を借りて、うち二反歩を戸主会の方たちに伐採作業をお願いしましたところ、快い協力を得て開墾してもらい、整地はグループ員の共同作業で終了、一九五八年二月前富野小学校長太田先生の転任記念に頂いた三百六十本の植付を完了いたしました。除草や施肥は第三日曜日にグループ員総出でやっております。幸いバナナ園は部落の後のくぼ地にありますので、さる八月のグレイス台風にもいためられずにみごとに実を結び、五、六月の収穫を目前に全員よろこび胸をふくらませております。
本年度第一回の収穫は一果平均四瓩で一瓩当り七仙とした場合に二八仙となり約二八八果とれるとして金額にして八○弗六四仙という莫大な収入になります。
私達はこの収入で共同風呂の設置を計画しております。一日中汗とほこりで働らく私達にとって明日の生産力を生み出すためには健康がまず第一です。清潔にし、睡眠を十分にとるため、また子供たちの成長と発育のためにもぜひ、この計画を実現させようと、全員張り切って作業に精出しております。
バナナ園に協力して頂いた戸主会の方達に私達グループの共同飼育の豚をつぶして栄養会をしてあげましたら非常によろこばれました。戸主会の方達と常に協力して楽しい村つくりに全員張り切っております。五年前、この地に移住した当時の不自由な苦しかった生活を思い出し、今日どうやら落ち着いた生活のできたことを感謝しながら、この裏石垣の山村にやがてすばらしいブロック建ての文化住宅ができて、かつての夢が実現いたしますように、またグループの歩みが常にたしかな足跡を残しつつ向上していきますよう頑張っていきたいと思います。