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1961年2月発行 読谷村だより / 4頁

みんなでやる生活改善(7)

みんなでやる生活改善(7) 
どんな順序で改善を進めるか

一、私たちの周囲には、改善をしなければならぬことがたくさんありますが、まづ何から手をつけ、どんな順序でこれを進めていくか、生活改善の糸口と順序について考えてみましょう。
 生活改善をする順序について、普通いわれていることは
(イ)私たち共の頭のなかにある封建的なものの考え方が改善を妨げているから、まずこの考え方から改めていかねばダメだと云って、台所改善など物的方面の改善を冷笑する考え方
(ロ)生活改善はまづお金のかからぬ、やりやすい所からやっていくという安易な考え方であります。
 封建的なものの考え方が、生活の考えを妨げていることは、以前述べたとおり、たしかに事実ですし、その事例はたくさんあります。しかしそれなら、この封建的な頭の切りかえをするにはどうするか。それは結局、社会教育の問題であろうと思いますが、教育は口でいうだけではとてもできるものではないし、短日月にできるものではありません。少なくとも十年、二十年、それ以上の年月を要するもので教育はもっとも根本的なことではありますが、私たちにはただこれだけに頼っていることはできません。
だから私たちは、この精神的な社会教育と併行して、物的な形の上の改善を実際に行い、生活の環境や施設を考えることによって、自分たちの気持ちとか、ものの考え方を変えると、つまり物的な考えから精神的な頭の切り替へ移行しようとする方策も又大切であると思います。もう一度繰りかえして説明するなら、私たちの生活を改善する道は、
(イ)精神的な方面から-社会教育によって封建的な頭の切り替えを行っていくと、
(ロ)物的な方面から-たとえば住とか食とか、実際に生活環境の形を変えることによって頭を切り替えていく道と二つの道があります。いわゆる卵が先か、ニワトリが先か、いつもこの二つの入口が堂々めぐりをしている訳でありますが、私はその一方にこだわったり、一方だけにかたよることなく、両方面から併行して進んでいくことが大切ではないかとおもいます。
二、お金のかからぬ、やりやすい手近かなところから改善していくという意見は、私も一応はそれでよいと思います。わたくしは生活改善のような、むずかしいことをやるのに、「お金のかかわぬところから」というようなヘッピリ腰の、なまやさしい決心では、とてもできるものではないと思います。なる程民衆は貧しいです。しかし、私達の暮しが幸福になるためには、自分たちの財布をはたいてしまっても惜しくはないし、それくらいの決心と勇猛心がなくては、この難問題は解決できるものではありません。そしてこの勇気をふるい起さすのは、戸主と主婦の信念と迫力でありましょう。十の決心と計画とをして、八くらいしか出来ないのが世間であります。お金のかからぬ、やりやすい所からといったような、二か三くらいの安易な決心で出発して、どうしてこのむずかしい改善が、そしてそれを妨げている障壁をうち破ることが出来ましょうか。
三、そこで思い切って根本的な所から手をつけてもらいたいと思います。それはお金のかかる、きわめて困難なことかも知れません。だからこそ、みんなの協同の力で、改善を妨げている部厚い壁をうち破るのであります。
 さて、それではまずどこに生活改善の糸口をみつけ、これを妨げている障壁に対し、どこからうち破ったらよいでしょうか。この障壁を突破し、生活改善を進めていくのにだいたいの順序、あるいはもつれた糸がほぐれていくような自然の流れといったようなものがある。

 それは(1)水の解決(簡易水道)
      (2)台所の改善
      (3)風呂その他(住生活の改善)、(3)食生活の改善(環境衛生の改善)
      (3)便所の改善(3)配水施設
      (4)回虫駆除(4)ハエと蚊の駆除

 はじめ水の解決-簡易水道の建設という一点に投げた波紋は、ちょうど静かな水面へ投げた一つの石の波紋がだんだん広がっていくように、人の気持の動く流れに沿って、だいたいこのように発展していくものであり、この順序に流していけば、わりあい順調に進むようであります。ただし、逆の流れはなかなかうまくいかぬもので、このかたい壁の一角をくずすと、第2の改善の必要が生れてくるし、人の気持も改善に進みたいという気持になってくるものです。そしてさらに第3、第4の改善へと進んでいくでしょう。
四、生活改善の第一の突破口である簡易水道を造ることは、お金もかかるし、みんなの意見もなかなかまとまりにくいだろうと思います。しかし、もしこの困難な水の問題が解決して水道ができると、どうでも台所改善をしなければならなくなってきます。
流しも、調理台もない、
暗い台所へ水道がひけるようになると
「さあ、どこへ水の蛇口をもってこようか」
という大変なことになります。これまでなかった流しもつくらねばなりませんし、そのついでに窓もあけよう。かまども煙ったくてしょうがないから、この際、改良かまどもつくろうということになるでしょう。そんな訳で、水道をつくった結果が自然に台所改善へ進んで、台所を直さずにはおれぬようになるのであります。台所改善に力を入れる前に、もしできるならそれだけの努力を水道に集中して、この難問題の突破に力をつくした方がより効果的ではないかとおもいます。
つづく

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