読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1961年9月発行 読谷村だより / 2頁

本土の視察研修報告書(其の四)

〔63号2ページの続き〕

事務の改善については、このお役所仕事から脱皮し、行政事務の民主化を行い、あらゆる無駄を排除して能率を図るため、役所機構を改革し、「住民室」を設け、職員定数の適正配置を行い更に、タイプライター、コッピスター、軽印刷機、計算器等の事務機械を整備強化し、更に諸帳簿類を統一し、カード式に改める等、住民側の凡ゆる要件が住民室で処理出来るように改善されつつあり、住民に対する応待ぶりは、親切、丁寧で実に気持よい。
(二) 農業経営の合理化について
 大げさであるが池田総理大臣の重要政策である所得倍増計画は日本国民経済の凡ゆる面に結びついている。
 その一施策として、農民を保護育成する法律、即ち、農業基本法の制定についてふれてみたい。
 今、日本は第二次産業及び第三次産業がものすごい速さで発展を続けているが、これに比べて、ひとり農業だけが進まないか他の凡ての産業と同様発展させよう、農業所得の倍増を図ろうということである。その内容は零細化農業は生産性が低いから農業人口を減らし、機械化農業に切換え、更に農地の集団化を進めて少ない人口で高い生産率をあげさせる。そしてこれから農業を営んでいく者には絶対に損をさせないようにする。そのためには、どんな作物がよいか、作付面積はいくらがよいか、せっかく作物を作ってもよい値段で売れなければならないし、需要が頭打になっているものは控え、将来伸びる可能性のある作物を奨めるという、以上が農業経営合理化の基本構想であるがこの外にたくさんの関係法律を制定して農民の生活を豊かにさせようと政府の政策がたてられている。
 戦後我が沖縄は、軍作業という容易な職場があったせいか、「農業では食っていけない」と云って離農者が多く、若い者の殆どが農業以外の月給のある仕事を好み、農業は老人がする仕事となっていた。
 我が読谷村でも荒蕪地解消のため、或は甘蔗作増産のため、その他農業振興のために多額の補助をなし、鳴り物入りで奨励もしたが結局乗り手が少ない時代もあったのに最近は糖業とパインブームの影響で若い者の農業従事者が増えて補助なしでも荒蕪地が、どんどん解消されつつある。本村の振興五ヶ年計画が豚の生産目標六、○○○頭が八、○○○頭に増え、甘蔗作面積七五○反が一、二○○反に増大し振興計画の目標をはるかに突破している。この好況をもたらした根本的な問題は琉球における糖業及びパイン振興法でありその上に日本の特恵措置の恩恵があってのことと思う。
 だがしかし、沖縄における農業のあり方は、まだまだの感がする。それは暴風や旱魃に対処する基本施設は勿論であるが鍬、へら等の昔ままの農具が多く、最新式農具の普及等は至って少ない状態であり、更に作業衣の改善、作物の選択、農民団体の組織強化、農業経営を学ぶべきことを痛感した。
 次に畜産の問題であるが特に豚の如きは本土と比べてものすごい生産高で喜ばしいことであるが、かんじんの個々における実質収益については本土のほうがはるかに有利の状態である。
 沖縄における豚価問題は為政者によっていろいろな面から対策がなされており現在のところ多量生産の場合における措置として本土と香港に輸出する分に対し、政府、農連、村から補助し、増殖による豚価の下落防止を図るという恩典を生産者に与えているが、この対策が何時迄続くか思いやられる点である。従って今後は本土のように、共同経営や多頭飼育等でコスト低減を図ると共に良質の肉を飼育管理をすすめ、更に製品加工施設を整備強化して、東南アジア一帯の市場拡張を図らねばならないと思う。米、麦、単一農業方式より脱して果樹園、それに畜産を取り入れた複合経営(酪農を含む)を奨めている。更に多頭飼育とか、農業法人による共同経営を推進している。

(三) 市町村自治体における政党介入について
 申すまでもなく地方自治体はその地域住民全体のためのものであり、長は住民全体の奉仕者であると云う良識から地方自治体の掌にある者が政党人であった場合、必ずや党の政策が介入し、或は選挙の公約を果すため、住民を色分したら地方自治が円滑に運べるはずはない。
 市町村自治は、その地域がその実情に即して運営されるべきであるから、全く白紙で建設的態度で批判し、協力することによって立派な政策と計画が樹てられ円滑な行政運営がなされ、住民福祉のために素晴らしい仕事が出来るものと思う。
 模範的であるが、埼玉県騎西町は日本の首都東京の近くにあるので政党色濃厚な所と思ったが、町長も議会議員ともに政党色皆無で町政に融和のとれた町である。さすがに日本本土は先進国だけあって、地方自治に関する限り、自治体の精神を体得し自主性を尊重している点立派なあり方だと思った。

(四) 観光事業について
 御承知の通り観光事業というものは、平和産業のシンボルであり人間社会において必要度の高い事業である。特に文明社会における観光事業は、一地域一国のものでなく範囲は世界へと発展し、その果実は国家経済を左右するドル箱であり、一大産業となったのである。
 申すまでもなく観光事業は、莫大な資金を要し、周到な施策がなければ発展は望まれず、健全な運営は不可能であるが、日本の観光事業は国民経済の伸長と共に観光施設が整備拡張され、国及び県、市町村、交通公社が一体となって推進されたところに今日見る発展があると思う。
 本土各地における観光地を見るに、戦災がひどかったという史蹟、名所も現在では完全に復元され、古代文化を偲ぶ豊富な遺品や資料が保存され、近代美術品の陳列等により、益々その真価を昂めている。特に市町村においては他産業を圧する程の力の入れ方であり、企画及び宣伝は実にすばらしい。
 農民は農閑期を、サラリーマンや学生は休暇を利用し、商工業者は用を兼ねて個々の生活を楽しんでおり、「よく働き、よく遊べ」の合言葉のようにどの観光地においても観客のたえまもない。
 沖縄の観光事業も活発になり国際化したが、天然資源と経済力に乏しい条件下において、これを国際水準にまで発展せしむることは今後の大きな課題であろう。

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