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1963年5月発行 読谷村だより / 1頁

研修報告書 

研修報告書 

○目的
 本土の進んだ町村の議会運営と行政運営並に財政運営の実態を見聞し議決機関と執行機関が対等の立場から相協力し、高度な自治行政の運営によってよりよき住民の福祉繁栄を図るため、本土の進んだ町村自治行政の運営を研修するものである。
○研修員の構成
議会議長 知花 平良
総務財政委員 新垣 秀吉
〃 名嘉真朝栄
〃 松田 善康
総務課長 安田 慶文
○研修期間
一九六三年三月九日から
一九六三年四月三日まで
二五日間
○研修日程
三月九日 土曜日
一六時波の上丸で那覇港出港
三月一○日 日曜日
一三時鹿児島港着、入国手続完了
一四時二○分上陸
三月一一日 月曜日
鹿児島県町村議長会事務局訪問来県挨拶日程打合せ
三月一二日 火曜日
鹿児島県吹上町議会本会議傍聴
三月一三日 水曜日
吹上町役場訪問、町長と懇談会、町営施設見学
三月一四日 木曜日
薩摩郡樋脇町本会議傍聴、町営施設見学
三月一五日 金曜日
宮崎県自治会館訪問、来県挨拶と日程打合せ
三月一六日 土曜日
宮崎県東諸県郡綾町本会議傍聴
三月一七日 日曜日
研修記録整理、午後市内観光
三月一八日 月曜日
延岡旭化成ベンベルク工場見学
三月一九日 火曜日
大分県別府へ
三月二○日 水曜日
別府市内観光
三月二一日 木曜日
香川県高松市へ
三月二二日 金曜日
大川郡志度町本会議傍聴
三月二三日 土曜日
志度町教育長と懇談、ひるから志度小・中学校の施設参観
三月二四日 日曜日
午前八時高松港を出帆、神戸経由大阪へ
三月二五日 月曜日
琉球政府大阪雇用連絡事務所と昭和食品KKを訪問
三月二六日 火曜日
奥田商店訪問、横浜へ
三月二七日 水曜日
横浜にて休養
三月二八日 木曜日
東京都内観光
三月二九日 金曜日
午前一一時急行霧島号で東京発
三月三○日 土曜日
午後一時四○分鹿児島着
三月三一日 日曜日
桜島観光
四月一日 月曜日
帰郷準備、反省会
四月二日 火曜日
午前一一時三○分鹿児島出帆
四月三日 水曜日
午前一○時那覇港着、帰郷
 常に批判されがちな日本々土の行政視察研修に出発するに当り、今一度前記の研修目的を明らかにし、充分その成果が得られる様留意し、議会議長を団長に総務財政委員三名、総務課長といった構成で午後四時村長、助役を始め議会の皆様、家族の見送りを受けて波之上丸で出発した。
 沖縄の政治、経済、教育は本土に数年も遅れていると云われ、すぐれたすすんだ本土の町村に学び与えられた機会に心豊かに、視野を拡め、よって村民全体の福祉のための行政並に議会運営をなし、本来の使命に寄与しなければならないと互いに誓い合った。
 船は新造船だけに船内の設備もよく、その上凪で晩は月の光がほんのりさしていた。
 やがて円い窓が白く明け、本土上陸に胸ふくらませ乍らも皆寝坊、船中食欲は呆れる程旺盛で船酔もせず、ひる二時三○分接岸、先づ検疫、続いて植検、荷物検査、査証と実にうるさい手続きを得て始めて上陸出来る。鹿児島開港は南九州と南西諸島の産業、文化、交通の中心で日本の南玄関と称せられているが設置の面は沖縄の比でない。然し貿易港として最高度に利用されている。
 三時沖縄出身の大城氏の経営する旅館銭屋に旅装を解く。

三月一一日
 鹿児島県町村議会議長会事務局が全面的に協力
 午前八時三○分鹿児島市自治会館内に鹿児島町村議会議長会を訪れ、渡日挨拶並に日程の打合せ、事務局では次長の西田恒彦氏と主事の池田正夫氏を交え午前中懇談、県の市町村要覧、その他貴重な資料を得た。
 鹿児島の町村議会議長会の事務局は組織、陣容が最も充実強化されており、県の地方課以上の権威があって、各町村の疑義照会、議会事務職員や議員の研修等主として事務局が取扱っている。それだけに事務局は局長、次長、主事二人に数名の事務職員が居て関係法令集や、参考書類で図書棚は埋っていた。
 日本々土の会計年度が四月一日から翌年三月三一日迄で、丁度明一二日から一斉に町村議会が開会される。今度の研修目的が前途したように議会運営が主になっているので極力県でも優秀な議会、活発な議会として日置郡吹上町、薩摩郡樋脇町を紹介して頂き、両町に対して事務局から我々の研修目的、日程を事前に連絡して格別な御配慮を配って頂き、これを機会に一意恵心する事にして事務局を引揚げた。
 ひるから市内観光市の人口は凡そ三○万人、面積は一八○平方粁で、産業、文化、交通の中心地であり沖縄那覇に比べてやはりスケールが違う。その上雄大な自然美にめぐまれた美しい風光は沖縄では全く見られない。
 公営企業として交通事業即ち市電と市営バスがあり、観光バスも市営で遊覧コースの下車地城山では市役所の車が繰出され、お茶とおしぼりの準備がなされ、観光客誘致に至れり尽せりのサービスを怠る事なく、観光施策の推進は同市の重点施策の一つともなっている。
 また公共施設として上下水道、軌道、公益質舗、消防署、中央公民館、体育館、美術館、動物園等があって市民の福祉増進に寄与している。

三月一二日
優秀議会吹上町議会を傍聴
あさ八時鹿児島市発日置郡吹上町役場へ、一○時議会開会でバスの待合時間が惜しくハイヤーで飛ばす。約一時間三○分の道程凡そ市内から六○粁位と思われる。途中カーブにさしかかった際クランクションをならさなかったとの事で交通取締り中の巡査の尋問を受けた。警官はなかなか民主的に尋問、これに対して運転手は急ぎの用のお客さんで・・・而も我々は沖縄からの研修団だと申し上げると免許証と車の番号をメモし、運転手にこれから先は道が悪いからその上遠来のお客さんを乗せて、しっかり気をつけるように注意し又我々に急ぎの処をどうも失礼しましたとの気の配り方には一同感激した。これでこそ真の民主警察といえるんじゃないかと痛感した。
 一○時間前に同町役場着、議会準備で議員の皆様も町長外役場の方々も皆忙しく、我々は暫く事務局で休憩、議会開会と同時に傍聴席に着く。議場は写真の様に素晴らしく立法院の義場を思わせる程である。
 議員は二四名(法定数三○、条例定数二四)で政党所属は無く、年令的には最高七六才で殆んど明治生れ、大正生れは僅かに三名で四一才が最年若者で当選回数九回、八回、七回、六回、五回と在職年数も長い。一段、二段、三段、と階段式になった夫々の議席は番号札もいかめしく整然とし、その上議長の壇上は一段と高く、それとは対象的に壇上の両側に執行機関即ち町長、助役、収入役、教育長、各課長が陣取り議場ではお茶や喫煙も出来ず荘厳で緊張させられる。
 昭和三八年吹上町議会第一回定例会々期日程通り本会議、全議案の一括上程、町長施政方針の説明、会期は一二日から三○日迄の一九日間で議案は一七号から三七号の二○件、質問は通告制をとっており各案件は総務、文教、民生、経済の各委員会に付託され最後の本会議で委員長報告採決と■■■る。
 議案は町長から説明され補足説明には各主管課長が当っている。尚同町の昭和三八年度の才入才出予算総括表と三六年度の議会活動の実績は次の通りで、皆様の参考に供したいと思います。
 お昼休みの一時間議長の今村寛二氏と副議長の恒吉国秋氏と昼食を共にしながら懇談、午後五時迄同町の議会運営、議会傍聴をした。
※「歳入総括表、歳出総括表」は表のため、原本参照。
三月一三日
 今日も吹上町へ、本会議議案質疑で町長外各課長議会出席で開会前に町長の窪田克雄氏に挨拶懇談した。
 同町は昭和三○年四月一日町村合併促進法に基き、伊作町と永吉村が合併してできた新しい町で人口一万九千人、町の産業は農業が主体で主な農産物は水稲、陸稲、甘藷、小麦裸麦等で次に就業人口はサービス業、卸小売業、建設業が最も多い。
 行政機構は町長、助役、収入役、総務課、経済課、建設課、住民課、税務課、教育委員会、選挙管理委員会、農業委員会等があり、其の下に事務局があって窓口事務の改善によって住民へのサービスがなされている。前記した同町の予算をみた場合予算総額中町民税が二○%を占め職員の待遇については町長五万三千円、助役三万八千円、収入役三万八千円、職員一級職三万二千円、二級職二万六千円、三級職二万三千円、四級職一万四千円と割に優遇されている。
 全国的に第二次産業の発展に伴い、生産性のある若い衆が農業を捨てて都市集中化する為、同町の人口は年々減る一方で参考までに年次別の人口動態を示すと昭和二○年二万四千、二二年二万五千、二五年二万六千三○年二万三千、現在一万九千で社会動態でみられる転出減が多い。
 耕地面積は農家一戸当り四一アール、農家戸数四、一三○戸で三反未満一、五六二戸、三反~五反一、三○一戸と零細であり家畜は乳牛三○四、和牛一、四五

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