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1976年9月発行 広報よみたん / 7頁

県立「読谷救護園」が起工式 「波平陸軍補助施設跡に」社会福祉一大センターの構想

県立「読谷救護園」が起工式 「波平陸軍補助施設跡に」 社会福祉一大センターの構想
 返還軍用土地の跡地利用が大きくクローズアップされる中で、波平陸軍補助施設跡(都屋北側)に県立の救護施設「県立読谷救護園」が建設されることになりました。
 その起工式が去る八月十八日午後二時から建設予定地で行われた。式には吉元嘉正県生活福祉部長、平安常実沖縄福祉事業団理事長、それに山内徳信村長、新垣秀吉村議会議長等多数の関係者が出席し、新垣普天間神宮宮司のお払いで工事安全の祈願をすませた。そのあと、吉元県生活副支部長、山内村長、平安沖縄福祉事業団理事長、工事関係者の手によってクワ入れを行ないとどこうりなく起工式を終えた。
 「県立読谷救護園は生活保護を受けている人で、他人の手を借りなければ生活することができない身体障害者を収容する施設で県下では首里石嶺救護園につぐ二番目のものです。
 読谷救護園は敷地面積約一万平方メートル、建物面積九二一平方メートルの鉄筋コンクリート平屋造り、収容人員は五〇名です。総工費は一億二千万円、冷暖房完備の超デラックス施設となり来年三月竣工をめざし工事は進められます。
 波平陸軍補助施設は昭和四九年十月に返還され、その面積は約四万平方メートルもあります。村は続々と返還される返還軍用土地の跡地利用対策に渾身に取り組み、同跡地には公共施設を誘致すべく運動を強力に展開してきたものです。また同跡地には救護施設の外に県立の重度身体障害者療養施設や村立の診療所などの建設が予定され、今その準備が進められています。村立診療所については昭和五二年の工事着工をめどに今年度は設計計画と用地取得のため精力的な交渉が進められています。
 村立診療所の計画によると、敷地面積約六、六〇〇平方メートル、建物面積六六〇平方メートル、総工費は一億円というものです
 本村は医療機関にめぐまれてなく遠くは那覇市まで診療におもむき、村民の時間的、経済的損失は計り知れないものがあり。無医村解消のためにも村立診療所の建設は多くの村民から待ちのぞまれています。
 このように波平陸軍補助施設は本村一大社会福祉センター構想がもたれ、厚生文化村づくりに一歩一歩前進をつずけています。

〔写真〕「県立読谷救護園の起工式」原本参照

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