特筆すべき第一号の発行 読谷村商工会会長 安田慶文(元収入役)
過日役場で読谷村だより創刊号の古いガリ版刷りに接し、今昔の感にたえなかった。これは玉城真順氏が大事に保管していたとのことである。
民主主義社会において、言論の自由が最も重要な要素であるなら、行政と各部落、諸団体との結びつきや意志の疎通を図り、正しい批判を仰ぎ、民主行政を運営する上に公報の果す役割は極めて重大である。この頃では市町村自治体に限らずすべての団体組織が公報活動を行い、その成果をあげている。
一九五六年知花成昇氏が助役に赴任後、彼の経済企画室上級専門管の職掌が、数字と統計を基にした行政が行われ、その時に「読谷村だより」第一号が発刊されたことは、まさに特筆すべきことであろう。
爾来二〇年間幾多の変遷を経て、紙面も内容も充実し、今日二〇〇号発行記念に際し感慨無量目に見えなかった苦労をふまえて、今日迄順調に続けられていることは、その使命を充分果たしているといえよう。当時三十数名の職員が雑務の多い事務分掌の中で、よくぞ広報発刊にふみ切ったものだ。日頃は全く無縁の仕事でありながら、二〇〇号の発行は県内でも最も古い方だと思う。特定の執筆者のいない仕事の相間をぬって月一回の発行の裏には大変な苦労がつきものである。
あの頃村長は伊波俊昭さん、知花成昇助役、池原昌徳収入役のコンビに町田宗美さん、玉城真順さん、古堅宗光さん等がいた。職員も最大の努力を惜しまず、