読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1983年3月発行 広報よみたん / 2頁

動く美術館読谷展〈現代日本洋画壇秀作チャリティー展〉感動を呼ぶ動く美の祭典-来年も2月に第3回読谷展を開催- 「陽光・残波岬の怒涛」川島増田氏から村民へ贈る

動く美術館読谷展〈現代日本洋画壇秀作チャリティー展〉感動を呼ぶ動く美の祭典-来年も2月に第3回読谷展を開催-
 十五日間の日程で幕明けした第二回動く美術館読谷展、十三日は午前九時からオープニング式典が行われました。テープカットは動く美術館運営委員長で美術評論家の川島博先生、動く美術館沖縄地区親美会顧問・末吉業信氏、山内徳信村長、新崎盛繁教育長、伊波栄徳村議会議長、中石清重古堅中学校長、安田綾子生徒代表(読谷中)によってテープカットされ「動く美術館読谷展」の幕を開きました。
 動く美術館読谷展は、昨年につづいて二回目のことです。一地方において長い日時の開催は、かつて前例はなく、これは一人でも多くの村民が美術作品を観賞し、これからの文化村づくりの糧にしてほしい。と川島先生や沖縄地区親美会(大仲良一会長)の配慮によって実現したものです。動く美術館は、美術文化の恩恵に乏しい地方を巡回大展観し、川島先生の精力的な篤志な文化啓発活動は、美術の恩恵に乏しい地方の人たちに、感激と感動を与える美術の使者として感謝されています。
 ”動く美術館読谷展”は昨年の中央公民館開催から村総合福祉センターホールに移動したこともあって、展観作品は昨年を大きく上回る三六六点を豪華絢欄に展観し、参観者に感激と感動を与えました。沖縄には常設の美術館がないとあって、動く美術館の県内開催は、県民が美術作品をじっくり観賞する唯一の”美の祭典”になっています。動く美術館読谷展は、村民福祉の殿堂と知られる村総合福祉センターにあって、期間中、常設美術館を思わせる”美の殿堂”に早変りしていました。
 会場には現代日本洋画壇を代表する著名な画伯、掘田清治、桜木茂、海老原昭治、増田常徳画伯等による大作、大は百二十号サイズから小はゼロ号サイズまで館内を圧倒する大作の洋画壇に、訪れる参観者は感嘆の連続、美術作品の観賞を刷新するものになりました。
 動く美術館には川島博先生が常駐なされ、絵の解説をされるなかで連日村内外から多くの参観者が訪れました。期間中のべ二万人近い来館者を記録し、なかでも村内各小中学校では振替え授業で、全児童生徒が動く美術館を観賞いたしました。また、川島先生による特別講座、絵の観賞の仕方、絵を描く基本などについて、わかりやすい講座も開設されました。

「陽光・残波岬の怒濤」川島 増田氏から村民へ贈る
 第二回動く美術館読谷展の開催にあたり、動く美術館主宰・川島博先生、増田常徳画伯から残波岬を題材にした百二十号サイズの「陽光・残波岬の怒濤」の大作が読谷村民に寄贈されました。
 「陽光・残波岬の怒濤」は増田画伯が残波岬に足を運び、長い日時をかけて制作したものです。雄大な残波岬の自然を活かし、読谷の夜明けと伸びゆく未来像の展開を色感豊かに描写した作品で、増田画伯快心の大作といわれます。村総合福祉センターに展観している「陽光・残波岬の怒濤」は重厚なレンガの壁とともに際立つ存在となり、大地をも揺れ動く錯覚を覚える大作は、参観者を一様に感動、驚嘆きせています。
 大作の贈呈式は動く美術館オープンニングの席上、山本達人沖縄地区親美会副会長から山内徳信村長へ目録が贈呈されました。そのあと、川島博先生から絵の説明(手記参照)増田画伯の紹介がありました。
 動く美術館六日目の十八日は午後五時過ぎから、川島博先生がスライド解説による「フランス印象派美術家・名作鑑賞の夕べ」の講演が開かれました。
 世界の名画が揃うルーブル美術館所蔵の名作の数々、ゴッホ、セザンヌ、モネ、マネなどの名作六〇点余りを二時間にわたり解説、講演なされ、聴衆は展開される世界の美術作品を心ゆくまで鑑賞いたしました。
 また、動く美術館最終日閉館式のなかで川島先生は、本村がめざす「人間性豊かな環境・文化村づくり」構想に共鳴され、近い将来、『沖縄芸術の森・読谷美術館』の実現を願って、その基金に金百万円を寄贈されました。

※写真「現代日本洋画壇の秀作をこまやかに評論される川島博氏」、「村内各小中校は振り替え授業で動く美術館を観賞、特別講座も開かれた」は原本参照

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