読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1983年3月発行 広報よみたん / 11頁

そんちょう日記 №14 読谷村長山内徳信

 新春にふさわしく、第二回動く美術館・読谷展が、二月二一百から二七日まで、読谷村総合福祉センターで開催された。これは美術評論家川島博先生と沖縄地区動く美術館親美会の御厚意によって実現したものである。
 内容は現代日本洋画壇の秀作三六六点の展示と、二一世紀の芸術を担うと、高く評価されている増田常徳展が併催された。
 今年の二月は雨が多かったが、連日の雨も、美に心をひかれ、芸術の世界から豊かな感動を求めようとする人々の足を止めることはできなかった。
 読谷の地で、現代日本洋画の秀作、大作の鑑賞ができることは、誠に幸せであり光栄である。川島博先生をはじめ関係者に心からお礼申し上げる次第であります。
 二月一二日、一般公開に先立ち、読谷展開催を記念して前夜祭が開かれ、香り高い芸術作品が展示された会場の中で、日本音楽連盟関東地区声楽部長でありピアニストの橋本正子先生のピアノ演奏は、参会者を完全に魅了した。
 美しい絵を見ていると画家になりたい、素晴らしいピアノ演奏を聴いていると、音楽家になってみたい、という印象を与える雰囲気の会場であった。
 一三日午前十時、関係者の見守る中で、読谷展のオープニングが行われた。その場所で、新進気鋭の作家、増田常徳画伯の大作「残波岬の怒涛(ドトウ)」F一二〇号が、川島先生と増田画伯から読谷村へ寄贈された。これは文化村づくりを志向する読谷村の将来への期待と激励をこめての御寄贈であった。
 私達は寄贈作品を前にして、喜びと感激をおさえることは出来なかった。同時に、残波岬のもつ雄大な生命力を改めて認識することになった。
 さて、一五日間にわたる読谷展に対する参観者の動きは、関係者を驚かせた。連日一千人を越えたという、実に二万人近い人が、読谷展会場に足を運んだのであった。小中学校の児童生徒の振替え授業をはじめ、家族連れ、団体、職場、個人、友人同志来る者、その動きは正に多様であった。人の動きそのものが芸術的であり、関係者を感動させる場面が一杯あった。
 読谷村の多くの人々が、絵画を通して、これほどまでに感激と感動をおぼえたことが、かつてあったであろうか。観た人、鑑賞した人、それぞれに深い印象を受けた。多くの村民が、真なるも、善なるもの、美なるものに接する機会が出来た。それが読谷展であり、その成果は必ず現われてくるものと信じている。
 閉展式の中で、川島先生は、読谷村の村づくり構想に共鳴され、近い将来、沖縄芸術の森・読谷美術館が実現することを願って、その基金へと金百万円の御寄付をされた。村としては、先生の御芳志をいただき、その主旨の実現の為に努力をし、是非、実を結ばせていきたい。
 動く美術館・読谷展は地方文化の向上発展への種(たね)を蒔(まき)つつ、大きな成果をおさめることが出来た。
 最後に、川島先生御一行、増田常徳画伯、橋本先生、親美会の皆様方に心から感謝を申し上げお礼の言葉といたします。

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