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生命と財産を守る斗い
戦後、79%、復帰後もなお48%を占める米軍基地の問題は「人間性豊かな環境、文化村」づくりへの大きな障害となっています。
そこから派生する被害は村民の生命と財産を脅やかすものばかりです。不発弾処理場、アンテナ基地建設、パラシュート降下訓練、楚辺兼久ビーチの拡張、グリーンベレーの配備等、村民は一環して基地撤去の闘いを展開してきました。
山内村長は常に村民の先頭にたち「読谷の土地は村民が主体的に活用すべきだ」として行動してきました。
-パラシュート降下訓練の即時中止を求める闘い-
棚原隆子ちゃん事件を二度と起こすまい。村民のパラシュート訓練反対闘争は村民ぐるみの大闘争を展開。
読谷飛行場返還の闘い
広大な読谷補助飛行場の返還は村民の大きな願い、この土地は祖先から受けついだ村民の土地です。
ムシロ旗を立ててすわり込み
青年、婦人、老人を含めて村民ぐるみの基地闘争を展開、ムシロ旗を立ててすわり込みを続ける。
グリーンベレー配備阻止の闘い(五九年)
悪魔の部隊、グリーンベレーは読谷から出ていけ、平和を願う村民の声は大きい。
アンテナ基地建設反対闘争(51年)
読谷補助飛行場内にアンテナ基地建設が計画された。村民は基地強化に反対し強力な反対闘争を展開した。山内村長は米国大統領ジミーカーターへ直訴状を送った。(52年)
楚辺兼久ビーチを守れ
読谷の最も美しい楚辺兼久ビーチを守れ、米軍のビーチ拡張に反対。(59年)
不発弾処理撤去闘争
住民地域での危険な不発弾処理に反対、徹去させる。
(昭和四九年)
※写真「パラシュート降下訓練の即時中止を求める闘い」、「読谷飛行場返還の闘い」、「ムシロ旗を立ててすわり込み」、「グリーンベレー配備阻止の闘い(昭和59年)」、「アンテナ基地建設反対闘争(51年)」、「楚辺兼久ビーチを守れ」、「不発弾処理場撤去闘争」は原本参照