読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1986年7月発行 広報よみたん / 7頁

福祉を支える人 家庭奉仕員⑤

福祉を支える人 家庭奉仕員-⑤
平安山和子(三九歳) 喜名二二八番地
派遣世帯
 松田ナエ(八九歳) 喜名二二七番地
 平安山さんは子供三名のお母さん、松田さんが腰をいためて寝たきりになって奉仕員をするようになりました。隣りづきあいも以前からあって、松田さんが特に希望して平安山さんに奉仕員になってもらったそうで、始めから何の抵抗もなくお世話ができたそうです。
 平安山さんの世話のおかげで腰もよくなり、今では大変健康で、何でも食べ、あまり手間のかからない明るい、楽しいおばあちゃんだそうです。
 平安山さんの子供達もおばあちゃんによくなつき、おばあちゃんも孫のようにかわいがっているということで、おばあちゃんも「一人暮しというさびしさは一つもありませんよ。」と話していました。
 白髪のとてもきれいなおばあちゃんで、朝食にはチーズとミルクコーヒーを欠かさないし、記憶も確で、新聞の字もめがねなしに読んでいるという現代的なおばあちゃんです。
 八五歳の生年祝や、八八歳のカジマヤーのお祝いも、平安山さんが中心になってやってあげたということで大変喜んでいました。
 平安山さんは毎日朝八時頃にはおばあちゃんを訪ね朝食やお昼の準備をして、時にはおばあちゃんとの楽しい話がはずんでつい長居してしまうこともあるそうです。

山城利津子(四九歳) 渡慶次一一五八番地
派遣世帯
 与那覇カマド(七四歳) 渡慶次一〇八番地
 山城さんが与那覇さんの奉仕員を始めてもう四年。一人ぐらしだったおばあちゃんも大変お元気で明るくなったということで、にこやかに応対してくれました。
 一日のうち、ほとんどが家で過ごすそうですが、屋敷内の畑には野菜類がいっぱいで、近所の方がよく手入れに来てくれるそうです。
 おばあちゃんは大変人気者で、近所のおばあちゃんや、おじいちゃんたちがよく遊びにきてくれるそうです。少し目が悪いだけで、あとは大変健康で食事もおいしいとのこと。一日おきに通ってくる山城さんに「あまり忙しい時は無理をしないでね。」とやさしい言葉をかけてくれるおばあちゃんに、山城さんも、つい忙しさを忘れてかけつけてくるそうです。
 山城さんは、子供が六名ですが、一番下が高校一年生ということで子供達の世話にはあまり手がかからないということですが、それでも奉仕員の他にヤクルト配達を八年もやり、又、水道料金の集金人もやっているということで大変忙しい毎日をおくりながら、与那覇さんの面倒もこまめにやっているようです。
 山城さんは、ヤクルト配達で、おじいちゃんやおばあちゃんの家を訪ねながら、困っていることがあると、つい面倒を見てしまわずにはいられないほどの世話好きなお母さんのようでした。

与久田静子(五〇歳) 長浜二〇六番地
派遣世帯
 宇座カマ(八九歳) 長浜三六二番地
 与久田さんは奉仕貝制度が始まった昭和五五年からずっと奉仕員をされている方で子供七名のお母さん。
 宇座カマさんのところは三人目の派遣世帯だそうですが、宇座さんは両方の足が悪く、与久田さんは一日ごしに通ってきて洗たくやそうじ、食事の世話をしているそうです。宇座さんには子供が二人いますが、遠くへ嫁いでしまってその後一緒に暮らしていたお孫さんも嫁いでしまって一人暮らしを続けていました。五九年の十一月から与久田さんが奉仕員として派遣されてとても安心されているようです。八九歳の高齢にもかかわらず、目や耳も大変良く、今だに針の糸も通すほどだそうです。
 与久田さんは「宇座さんはあまり手間もかからない、話し好きの大変いいおばあちゃんですよ。前に世話をした方は、九九歳で亡くなったのですが、お世話をしてとてもかわいそうでした。寝たきりでおしめもとってあげなければならなかったし、目が離せないので時には朝八時から五時までつきっきりで世話をしたこともありました。
 家庭奉仕員をやっていて、一人ぐらしのお年寄りを見るととてもかわいそうで、ほっておけないという気持になるんですよ。」と話していました。

※写真は原本参照

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