読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1987年7月発行 広報よみたん / 6頁

山口先生どうもありがとう読谷-池田児童交流の集いで 感謝状をおくる 【写真】

 北国・北海道池田町と本村の児童交流事業も第五回目を数え、これまでに七十名の児童・生徒が極寒の北海道での貴重な体験をしましたが、全く正反対の自然を体験すると同時に温い人々との交流が又大きな成長の糧になっていることは間違いありません。
 ■の交流事業には、池田町をはじめ、村内外の多くの方々のご協力がありました。特に山口児童文化研究所々長の山口秀和先生には多大なご援助をいただき、この事業の継続にご甚力をいただきました。第五回の交流を終えた時点で去る六月十三日この事業を振り返っての反省会と、ご協力をいただいた方への感謝の集いがもたれました。
 この集いには児童生徒を含め山口先生も出席され、これまでのいろいろな思いでが参加者から述べられました。第一回の交流に参加した子供達の中にはすでに大学生になっているのもおり、この事業が大きな感動の体験になっているようでした。
 子供連からはこの事業に参加できた喜びとお礼が一人一人から述べられました。又、山口先生には山
内村長から長い感謝状が送られましたが、山口先生も子供達のりっぱな成長ぶりに大変感激されておりました。
 北国の池田町と南の読谷村児童生徒交流事業五周年を記念する集いにおいて、山口秀和先生に感謝の意を表することにしました。それは形にとらわれず先生の足跡をまとめ書状にしたいと思います。
 先生が初めて読谷の地を訪問されたのは、昭和五六年師走の三日でありました。総務課長の案内で村内を一巡されました。その時、先生の目に読谷村がどのような形で写ったのかそのことはわかりません。先生との出会いが始まって以来、私達の目に写る先生は謹厳実直な先生で思いやりの深い先生でありました。
 子供達には大きな夢と希望を、体の不自由な人達には逞しく生きていく自信を、世の大人達には人間の生き方としての誠の心を教えて下さいました。読谷村のむらづくり運動に対しましてはたえず新鮮なアイディアと示唆を与えて下さいました。
 復帰後読谷村との係わりのある人々の中で、先生は、大きな存在であり、第一人者であります。 青少年達に、夢とロマンの種を蒔くミレーであり、雪山を越えて現われる赤い服、白いひげの聖者サンタおじいさんでありました。
 座喜味子供文庫への図書の寄贈、山口児童文庫がニケ所(残波・福祉センター内)、誕生しました。子供はうつむくな希望の星を仰げと天体望遠鏡の寄贈、沖縄一のジャンボ鯉幟(八メートル)が残波岬公園の二十一メートルのポールの上で東シナ海に向って泳いでいる。五月の節句に読谷の子供達の将来と健康を祝っての寄贈でありました。
 クリスマスの時期になると、保育園(村立・私立)とかりゆし学園福祉事業所等に赤い服白いひげのサンタのおじいさんがそっと静かに現われる、それも一度や二度ではない「サンタのおじいさん又来てね一」と言う子供達のよろこびの声にひかれ、三八度の高熱をおしてこられ「サンタはきついね一」と言われ、その日の中に「三宅島の子供達が待っているから」と帰って行かれるサンタの姿に、ただただ感謝の念一杯となり「サンタのおじいさんに幸せあれ、サンタのおじいさんお元気で」と心の中で、サンタの御健康と御活躍を祈念申し上げるのであります。「読谷を日本の中の読谷」にという先生の深い御配慮と御協力が読谷村のむらづくり運動を大きく支えて下さいました。「日本焼酎文化の会(船)の案内、地方の味郷土産品販売コーナー(代々木公園)、朝日生命ホールにおける読谷村の文化村づくり講演会、子供の国・マザー牧場視察研修、太陽ホエールズの始球式等々」を通して職員のむらづくりに対する視点や意識が大きく成長して参りました。
 子供達に夢と希望を抱かせ、将来に向けての具体的な人づくりの一環として計画しました池田町と読谷村児童生徒交流事業が五年五回終了し、既に読谷村から七十名の児童生徒が北海道の大自然にふれると共に自然の厳しさにも負けずがんばっている仲間達との交流の経験をつんだのであります。人づくりの交流事業がこのように出来ましたのも双方の仲に立たれ、橋渡しの労をとって下さいました山口先生をはじめ山口児童文化研究所の皆様方の深い御配慮と献身的な御協力の賜であります。ここに衷心より敬意と感謝の意を表する次第であります。
 更に先生は列車のない沖縄の子供達にその夢をかなえさせようと方々お骨折りをいただきました。おかげさまで今年中に残波岬公園の中をサイクル列車が走ることになりました。列車に乗った子供達のうれしい表情が目に浮ぶのであります。具体的な事例を申し上げましたが、先生が読谷村民に与えて下さいました功績の第一は読谷村の子供達に夢と希望を与えて下さいました。
 第二は読谷村のむらづくり運動を大きく支え、激励して下さいました。
 第三は読谷村のことを機会あるたびごとに朝日新聞その他を通して、全国に知らしめる御努力を賜りました。
 これらのことをまとめて申し上げますと、読谷村の将来を担って立つ「人づくり」運動を、具体的に情熱と実践力をもって御協力を賜ったのであります。
 読谷村民すべての人々の心からなる敬意と感謝の意を表しお礼の言葉といたします。
  昭和六二年六月十三日
    読谷村長 山 内 徳 信
山口児童文化研究所
  山口秀和 殿

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