終戦直後の一九四八年頃古堅小学の子供連に学用品などを贈り、深い心の交流のあった、テンプルブロースさん(六〇才、カリフォルニア州)が、三九年ぶりに古堅小学校を訪れ、当時の校長であった山内繁茂氏や生徒、教師らと感激の再会をしました。
当時、軍属として来沖していたブロースさんは、古堅小学校生徒の比嘉ミツコさん(当時七歳)と知り合いになったのをきっかけに古堅小学校の子供達に学用品を贈ることになりました。終戦直後でもあり、学用品に事欠く子供達を見るにみかねてのことではありましたが、学用品を揃えるもの容易なことではなかったという事です。ブロースさんが、わざわざ東京から取り寄せた学用品などは、当時の古堅小学校にとっては、大変すばらしい贈り物でありました。
この日、七月二五日、当時の生徒や教師、山内校長らとの三九年ぶりの再会に感激したブロースさんは、あめあめ、ふれふれ母さんが……と歌い出し「この歌は、その頃子供達に教えてもらった歌で沖縄での私の深い思い出の一つです。」と当時をふり返っていました。
ブロースさんの贈り物の中で、今も古堅小学校に残されているものがありました。それはー小学生の皆サンノ前途に幸アレーと刻まれたハンドベルですが、ブロースさんを迎えて三九年ぶりに鳴ったこの鐘の音に当時を思い出して参加者も感激いっぱいのようすでした。
山内繁茂氏や当時の生徒や先生方もブロースさんと手を取り合って再会を喜び、改めて当時のブロースさんの善意にお礼を述べました。