ワシントン記念塔「琉球の石」復活実行委員会(仲松敏子代表)の呼びかけにより、県内各地から次々と善意が寄せられています。
県下五十三市町村では、同実行委員会の要請にこたえ地元石を寄贈することになり、歴史的関わりの深い読谷村では、ゆかりの地「喜名番所」跡の小石を贈りました。
一八五三年六月三日、ペリー提督一行が喜名番所を訪れた際、村民からの厚いもてなしに大感激し、その模様は同行のベイヤードテーラーによって克明に記され又画家ウィリアム・ハイネによって木版画に描かれました。
村内に住む歴史家のラブ・オーシェリーさんは、ハイネの出版物の中にその絵を発見、同胞の受けた恩に報おうと、複写拡大し読谷村に寄贈、いにしえとの再会を実現させました。昭和六十年六月三日の事でした。
オーシェリーさんは、今回同復活実行委員会の一人として「琉球の石」復活の為東奔西走中です。米国・ワシントン記念塔には、世界各国の石が埋め込まれていますが、南北戦争で紛失してしまった「琉球の石」だけが、幻の石として未だその実現をみておりません。同実行委員会では、来る八月四日の復活セレモニーで、中学生十人を親善大使として派遣する事になっており、募金運動を展開しています。