二十一世紀に向けて、政府や各行政機関においては、高齢化問題が重要視されている昨今です。
厚生省の調査によりますと、我が国の老齢人口のピークは二千二十年で、四人に一人が六十五歳以上の高齢者となるものと予測されています。
県生活福祉部のまとめによりますと、平成元年十月一日現在、沖縄県内における寝たきり老人の数は、三千九百二十名で前年度より五百十一名の増となり、要介護老人が年々増加の一途をたどっているのがわかります。
病状の差はあれど、介護する家族にとっては並々ならぬものがあります。
老人介護にちなんで、新聞の投稿欄に、天井のヤモリに例えた話が載っていました。「アネヤールーが、ンチョーンドーヤールーや天ヌ人ルヤル。」と寝たきりの姑に言われたこの嫁は、この言葉を肝に命じて日夜介護に励んでいるという内容の文でした。
最初は、表現のおもしろさについ笑ってしまいましたけど、同じように姑の介護をしていた私には彼女の気持が痛い稚によく理解できました。
私自身、教訓としている事の中に「自分が好きで一緒になった、その主人の親だと思えば、どんなに辛い事でも我慢できる。」この言葉を主人の姉から教えて頂き、以来心の支えにしています。そのように考えると、自ずから姑への愛着心も湧いてきて、お互いに理解し合うようになりました。
ところで、若い時から医者知らずで、病気らしい病気をした事のない母は、長女が幼稚園の頃、敬老の日の行事を最後に「次の子からは、もう学校にも行けないはずね。」と言いつつ、ついに社会性を失ってしまいました。
幻覚、幻視、幻聴、被害妄想、あげくの果ては深夜排徊と、老人性痴呆症のあらゆる症状が起ってきました。もう止める事は出来ません。それを押さえようとすると増々症状は激しさを増してくるのです。治まるのを持つしかありません。
昼夜俳価する母にはほとほと困りました。一番身近かにいる姉は決まって夜中に起こされ、昼間は次男嫁の所へ俳個の苦情や、母が道をさまよっているという情報の電話等がよく掛ってきます。その都度、私は迎えに駆けずり回り、母の気晴らしの為に、車に乗せては残波まで往復する毎日が続きました。
しかし、母の体力は次第に衰えてきて、姉の身体にも無理がたたってきたのです。その時私は、母をひきとる決心がついたのです。勿論それに至るまでには、それ相当の覚悟が必要です。でも人間の心って不思議なもので、いざ覚悟を決めて腹が座ると、逆に心が和み、不安ながらも勇気が湧いてくるんですね。
ところが家へ来てからも徘徊癖はまだ続き、オムツの取りはずし、寒い真夜中の後始末、容易な事ではありませんでした。
オムツ交換の時は私と母との対決が始まります。いやがって抵抗する母に、負けてはならないと私も必死です。
怒鳴ったり、笑ったり、子どもになりきった母の姿。自分の子どもや家族の間柄も忘れ、誰なのか区別がつかない様子。いつ手出しするかも知れない状態に、間隔を置いての世話。母が抵抗し、手をやく事に対して、私はいらだち、煩わしくなり、ほんとに泣きたくなりました。
そんな母の姿を見ていると「どうしてこうなったんだ。」と問う気持、「ああ、早く介護から逃れたい、今の段階を通り越せば、もう少しは楽になるに違いない。」という気持ち。
私は、自分でひきとる決心をしながらも、このように弱音をはいているのです。
しかし、母も自分でなりたくてこういう状態になったのではない。人間誰もが年老いて何時かはこのような時が来るのだ。と自分に言い聞かせながらも、私の心は何度も動揺し結局それは、自分自身との闘いである事に気付きました。一番気の重い介護でありましたが「アリガトウヤーイヤーガアンシシトウラスクトウルドー」と、思いもかけない言葉を言われた時には、よし、どんなわがままでもいい、受け入れてあげようという気持になり、気が楽になりました。
食事の時も、手づかみで食べたりこぼしたり、決してうまい食べ方とは言えません。例え下手でも自分で食べたいと思う意志がある間は、リハビリのつもりで意志を尊重しました。
最初の頃、ぼんやりとしていた母の表情も生き生きとし、穏やかさが戻ってきました。
祖祉の様子を簿気味悪そうにしていた息子も、祖母を喜ばそうとして道化役をかってでる程に変りました。娘は事の重大さを理解していて、時々祖母の話し相手を努めました。
食後の片付けやおやつの時も、できるだけ子ども達に手伝ってもらい、孫とのふれ合いの場を多くするように心掛けてきました。
常に身内が側にいるという安堵感は、施設や病院では得られない家庭介護の素晴らしさだと確信しています。
又、家庭介護の基本は、介護者の気持ちの持ち方次第であると私は思います。
夫は一番の理解者であり、子どもは良き協力者であり、兄姉は絶えず励ましの言葉をかけてくれました。行政関係や周りの方々は知識を下さり、皆に助けて頂きました。
祖母との生活が体験できた二人の子どもと私達夫婦、何時までも各々の心の奥に刻み込まれるものと自負しています。
親がいたからこそ、今日の私達があるのです。親が苦労してきた分、それのほんの僅かでもいい、今度は、私達が親の為に苦労したっていいではありませんか。
自分の生活を楽しむ為に、目をそむけてはいけないのです。親と共に苦楽を分かち合い、温かい家庭を築き上げる事こそ、大事ではないでしょうか。