読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1994年3月発行 広報よみたん / 5頁

【見出し】資料館講座を開く-読谷村歴史民俗資料館-

      「先史時代の交流」

 読谷村歴史民俗資料館でじゃ十二月二十四日午後、「資料館講座」を開設し、”先史時代の交流”をテーマとして講演を行いました。
 公演には高宮廣衛沖縄国際大学教授が講師に招かれる中、資料館には教育委員や議員、大学生に一般の村民ら四十人近くの方々が参加し、高宮教授の語る沖縄先史時代(旧石器時代、縄文時代)の人類学の見地や、石器・土器などの生活様式の時代考証の講話に熱心に耳を傾けていた。

       「南島の古人骨木綿原遺跡出土の人骨を中心として」

 また、一月二十七日午後には、-南島の古人骨木綿原遺跡出土の人骨を中心として-を演題とした「資料館講座」を催した。
 講師には、土肥直美助教授(琉球大学医学部解剖学第一講座助教授)が招かれて公演。会場には五十人余の人達が訪れ、熱心に公演に聞き入った。
 公演は土肥助教授がスライドを交え、”人骨の形”から見る古代人の公演を行った。
 まず、日本人の起源には二つの説があって、一つには大陸(朝鮮半島)からの”渡来説”(外からの遺伝子の流入の有無-”渡来混血説”)と、そうではないという説に別れ、それは指標となる人骨の情報(手がかり)が少なく、人類学者らも未だ調査。研究の段階という。が、「大陸からの遺伝子の流入はあったのだろう」という混血説が有力視されているようだ。と説明した後、公演を進め、「北九州地方は弥生文化の中心地で、その遺跡群から何百体もの多数の古人骨が出土し、それらの弥生時代の人骨は渡来人的な特徴(面長でのっぺり顔)をしていのに対し、それ以前の縄文人は顔が低くてゴツゴツし、顔幅が広い」と指摘。そして「古墳時代や弥生時代、縄文時代の人骨の分類から移動や拡散の状況が解ってくる、南島の古人骨・港川人骨は縄文時代の特徴をしてはいるが、出土数が少なくまだはっきりと解らず、また、読谷村の木綿原遺跡から見つかった木綿原人骨は、種子島の広田人骨の面影に似ているが、広田人骨は一般的には縄文人と同じ集団と考えられているものの縄文人骨とは違うし気になる」と話し、「昨年の暮れ、宮古・伊良部洞穴から出土した化石人骨の発見によって人類学者らが沖縄の古代人に注目している。その解析が進められる中で沖縄の古代人の生活様式なども解ってくるでしょう」と語り、公演を終えた。

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