読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1994年6月発行 広報よみたん / 3頁

【見出し】平和な沖縄を築こう「5・15平和行進」で復帰の内実を問う

 平和への願いを込めて開催される「5・15平和行進」が十三日午前、名護(北部コース)、佐敷(東部コース)、糸満(南部コース)の三ヶ所からスタートした。
 平和行進は、沖縄が本土から施政権が分離された対日講和条約発効日(一九五二年)の四月二十八日から本土復帰記念日の五月十五日までを「平和と暮らしを守る憲法月間」として設定され、毎年取り組まれている。
 今年で十七回目を数える平和行進は、復帰二十二年にして依然として続く軍事的な情勢に加え、沖縄市での米軍F15戦闘機の墜落や「有事の際には核兵器を沖縄に持ち込む」という日米首脳の密約などがこの程明らかになり、このため、これまで那覇市内で開催していた県民総決起大会の会場が、初めて嘉手納町海兵公園に移された。
 北部コースの行進団の一行は十四日に読谷に到着。本村では、長浜公民館で行進団を出迎え、村総合福祉センターまでの道程を行進して平和を訴えた。一行はこの日、宿泊地の福祉センターで山内徳信村長の講演「読谷村の平和行政」を学ぶ一方で、村内団体との交流を深めた。
 翌朝(十五日午前九時)、センター前では出発式が行われ、出発式では激励に駆け付けた山内村長があいさつ。約八百人の行進団を前に山内村長は「5・15行進団を迎え、新鮮で新しい息吹・胎動・生命力に接して喜びいっぱいである。先輩らが苦闘して培ってきた意志が後輩らに受け継がれ、若者らの新しい平和勢力が次々と出てきたことを実感している。二十一世紀は共存共生の時代。沖縄・日本・世界に平和を訴えてほしい」と強調。また、行進団に参加した本土代表は「心の込もった手料理と貴重な講和に感謝します」と話した上で「沖縄の心(村長の講演を聞いて)を知った。沖縄は本土の一部であることを噛みしめ、沖縄の実情を本土に持ち帰って、一歩一歩平和を踏みしめながら頑張っていきたい」と決意を示し、出発式を閉じた。
 福祉センターを出発した行進団は、楚辺通信所(ハンザタワー)~チビチリガマ(波平)~県道六号を行進して大木公民館で昼食。再び古堅~大湾~国道五八号を南下して「県民総決起大会」会場に合流し、基地のない平和な沖縄を築こうと力強く反戦平和を訴えた。

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