読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1997年4月発行 広報よみたん / 2頁

平和・自治・民主主義の殿堂にふさわしい平和行政、村民のニーズに応える村政を展開する 施政方針 一、はじめに

《一、はじめに》
 本日ここに第二七一回読谷村議会定例会の開会に当たり、一九九七年(平成九年)度の予算案をはじめ議案の提案に先立ち、村政運営の基本姿勢と諸施策の概要を申し上げます。
 今年は戦後五二年、復帰二五年目を迎えます。
 第二七一回定例会は、戦後五一年間にわたって本村の戦災復興・再建・発展へと村民と共に歩んでまいりました現役場並びに本議場における最後の定例会となります。
 読谷村の将来像「人間性豊かな環境・文化村」づくりを目標に、執行部と議会とが車の両輪の如く叱咤激励し合い、村勢発展のために取り組んでまいりましたこの議場にも感謝をこめて別れを告げねばなりません。
 長年の懸案でありました新庁舎は間もなく完成いたします。由緒ある座喜味城を腰当とし風水よく鳳の如く建っております。三代目読谷村役場は自治・分権・参加・民主主義・平和の殿堂として、未来へ向かって村民と共にはばたいてまいります。
 四月一日から新庁舎において業務は開始されます。今、新庁舎の竣工、落成式、移転等に向けての諸準備が進められているところであります。
 この歴史的な大事業を円滑に進めるため、例年より一月早い議会開会となりました。議員の皆様方をはじめ村民各位の深いご理解とご協力の下に、諸事業が予定通り進めることが出来ますよう心からお願い申し上げる次第であります。
 さて、沖縄をめぐる最近の情勢は、沖縄の戦後史の中で「第三の波」と位置付けられるものと思います。一昨年の米軍による暴行事件に端を発し、昨年、今年にかけ最大の問題は「沖縄の米軍基地問題」であります。これは五〇年にわたる県民の欝積した怒りの爆発でありました。反基地・平和運動が高揚する情勢の中で、知事の代行拒否、政府の基地不法占拠、県収用委員会の審理、最高裁判所への提訴、日本初の県民投票の実施、普天間飛行場の代替ヘリポート建設候補地域の果敢な反対闘争等、これら一連の沖縄側からの告発は、日米両政府を大きく揺さぶり全国へ大きな影響を及ぼしました。
 沖縄県は、戦後初めて主体的、積極的に基地問題の解決策を具体的に政府に提示、「基地返還アクションプログラム」と「国際都市形成構想」がそれであります。
 このような情勢の中で日米両政府は、昨年四月十二日、遂に「普天間飛行場の移設条件付返還」、十二月二日にはSACO(日米特別行動委員会)の最終報告が発表されました。その内容は県内基地の十一施設二一%が返還されることになりましたが、ほとんど県内移設条件付きであります。これは県民の長年の苦悩や抑圧を全く無視するものであり、県民を差別し、軍事的植民地状態を継続させようとする許し難いものであります。結局、日米両政府が出してきた回答は「SACOの最終報告」、「基地の県内移設(タライマワシ)」と「沖縄振興策」でありました。
 確かに、沖縄側からつきつけた「第三の波」に対し、首相官邸をはじめ関係省庁の沖縄へのテコ入れば、かつて見たことのない動きとなりました。従来の沖縄→東京詣でが、東京→沖縄詣でと、総理自らが二回も沖縄入りするなど、日米安保を強調しつつ同時に基地を沖縄に押しつける図式には変わりがありませんでした。ここで大事なことは、沖縄県内の過去の教訓を生かした県民の結束と、将来を見通した大所高所からの知恵と力を結集し、本当に沖縄の為になる状況を創り上げていく努力が重要であります。
 読谷村のSACOの最終報告による返還予定地は「読谷飛行場、楚辺(ハソザ)通信所、瀬名波通信所」の三ケ所でありま
す。今後の対応策については、軍用地等地主会をはじめ関係地主会、地域住民とも連携を取りつつ慎重に協議を進めてまいりたいと思います。
 読谷飛行場の問題につきましては、昨年十月十一日にスタートした国・県・村の三者による「読谷飛行場跡地利用促進連絡協議会」を中心に、一歩一歩より具体的に進めてまいりたいと思います。

利用者アンケート サイト継続のために、利用者のご意見を募集しています。