金ぴかの表彰状を待って
読谷村婦人会 知花美紀
あなたは、良き母親として、子育てに専念し、嫁姑とも仲良く、明るい家庭を築くことに務めました。よってここにこれを彰します。
これは、四十年ほど前、波平区の区長さんから、何名かのご婦人に贈られた表彰状です。この貴重な表彰状はすでに処分され、見ることはかないませんでしたが、今回、上地ウメさんのご家族からお話を伺い、きっとこの様な内容だったに違いないとひそかに思いをめぐらし、考えました。嫁げば、当たり前のことで、文章にしたらたった三行の事ですが、何か心が温かくなりました。そこで、欲張りな私は、三人の娘たちに、「お母さんもこの表彰状が欲しくなった。」と話しかけると、「おばあさんになった時に、金ピカの表彰状あげるから、お母さんもっと頑張れ。」と背中を押されてしまいました。
さて、子供たちにはこう要求したものの、私は、改めて自分に問いかけてみました。「私はいいお母さんしている?」「家庭を守ることに力を注いでいるかしら」「仕事をしていた時の自分や、仕事と育児を両立している女性をうらやましいと思ってはいないだろうか。」このように次々と疑問だけがよぎりました。
私は、大学を卒業してすぐに獣医師として働きました。当時若かったこともあり、自分の目指す獣医師像もあり、何より「男性には負けたくない」との気持ちも強く、技術を磨くことに専念しました。女性獣医師も少なかった時代で、しかも養豚専門の獣医として、糸満からヤンバルまで走り回り、診察に治療に手術そして出産介助、時には農家の奥さんの相談に乗ることもあり、充実した毎日でした。
しかし、結婚を機に仕事から離れたのです。主人も私も「家庭を、家族を一番に」との思いが大きかったのです。「この仕事大好き人間が、果たして家庭に納まるのかと心配だったよ。」と後になって主人が話してくれましたが、それこそ髪を振り乱しての育児戦争の中、私は獣医師の仕事をすっかり忘れてしまっていました。
でも、仕事に就いていないということから困った誤解も生じました。「あんたが仕事しないのは、父ちゃんがエーキンチュなのかね」と問われ「エーキンチュ(金持ち)」の意味も分からないまま、笑顔で「ハイ」と答えたのです。「方言がわからなくても笑顔でね。」と主人から諭されていた私はそれを実行しただけなのですが、大失敗、大爆笑でした。
ところで、よく考えてみると「何で仕事やめたのかな、社会復帰したい。今の私、誰の役にも立っていないではないか。」と我が身に腹を立てている自分がいました。
そんな不安な日々を送っていたある日、「お仕事していないの」という、これまたうんざりな質問に「今、いえ今は、お母さんをしています。」と思わず答えてしまいました。相手の方は苦笑されていましたが、私は何故かすっきりした、晴れ晴れとした思いでした。
「お母さん」というこの言葉の響き、この言葉の持つ重みを今ひしひしと感じています。私を育ててくれた母に誇りを持ち、今また、過去から繋がる生命を育んでいる私は、未来を創る仕事をきちんと担っているのです。過去の歴史の中、幾度とあった戦いで、武器を持たない母親たちが守り抜いた命を、次の時代に引継ぎ、子供たちに生命の尊さを教える責任があります。産まれたその日から自分のお乳を与えて、おんぶや抱っこで、母の肌の温もりで、親子の絆を、生きていく力を与えることができるのが母親の喜びなんです。
そう私の仕事は「お母さん」です。
私は、この日を境に自信が持てるようになり、お母さん業に精を出すことにしました。
さあ、気持ちを切り替えた途端、不思議なことに「子供会役員」の話が舞い込んできました。迷いはあったのですがお母さん業の延長と考えて引き受けました。
とは言っても実は想像以上に困難な役割で、男の子の扱いに四苦八苦する始末でした。娘ばかりの私には、男の子の言動、行動や感情も全く理解できませんでした。「何で物を投げるの?何で暴れるの?何で大声を出すの?何で足が出るの?」しばらくはこんな愚痴ばかりでしたが、お互いに近づく努力をし、時には親にも内緒のHな話も聞き、何でも語り合い、何でも相談できる信頼関係を築くことができ、今では、私の頼もしい見方です。
昨年は、農協女性部の協力を得てこんな二〇名程の子供たちと紅イモ染めの自由研究にチャレンジしました。頑張ったかいがあり、中頭郡の科学作品展において、入賞の表彰状を子供たちそれぞれが手にすることができました。「見て見て、表彰状もらえたよ。」と私に見せに飛んでくる子供たちの笑顔こそが、私にとっての賞状なのかもしれません。
また、獣医の経験を生かし国語の「動物の赤ちゃん」や、生活科の「生き物と友達」で、担任の先生とTTを組み、学習支援ボランティアとして授業を行いました。授業後の子供たちの質問攻めにはうれしい悲鳴でありました。「私も誰かの役に立っているんだ」と改めて確認できました。
そして、地域の子供たちは私に会うと「美紀さーん」と声を掛けてくれます。「おばさーん」よりはうれしい響きです。「美紀さーん」と走り寄って来るこの子たちは、中高生になっても絶対に悪には染まらず、自分をしっかり見つめることができると信じ、今、子供たちの居場所づくりに参加できる喜びをかみしめています。
さて、冒頭の表彰状の持ち主のウメさんですが、以前はこんな事をおっしゃったそうです。「良き母親と言っても、子供たちはみな大きくなり、孫もできて、もう母親は終わったのだから、あの表彰状は処分しなさいね。」と何だか卒業証書みたいですよね。
母親には卒業はありませんが、虐待や育児放棄がマスコミ等でしばしばニュースとなってしまう今こそこの様な表彰状に刻まれた言葉の持つ温かさが子育てに立ち止まってしまった母親の心を癒すことができるかもしれません。
「大丈夫よ、あなたいいお母さんよ。」との一言で、一歩踏み出す勇気を感じるはずです。
全てのお母さんにエールを送ります。世の中が変わり、看護婦が看護士に、保母が保育士に表記が変わっても、「母」という一文字は、今でも、これからも変わることはありません。
子育てを終えて早く社会復帰したいと考えた私は、間違っているかもしれないということに気づきました。今私は、子育てを通して社会に貢献できる喜びを感じています。「お母さん」という職業に。そして社会の一員であることに。
私たちにも、きっといつか素敵な卒業証書が、いいえ、金ぴかの表彰状が待っていると信じて、「お母さんもっと頑張るからね。」