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2009年3月発行 広報よみたん / 13頁

読谷の民俗芸能48 舞踊(24) 手踊り二題

読谷の民俗芸能48 舞踊(24) 手踊り二題

 多くの舞踊は扇子をはじめゼイ、花笠、四つ竹など多彩な小道具を持って踊りますが、小道具を持たず素手で踊る舞踊を「手踊り」と呼んでいます。字瀬名波には、「女手踊り」(ヰナグティーヲドヰ)が伝承されています。
 「女手踊り」は、儀保カナミが伝えた踊りのひとつです。使用される曲は中城はんた前節・仲村渠節・百名節の三曲です。
 この踊りは、出羽の踊り(中城はんた前節)、中踊り(仲村渠節)、入羽の踊り(百名節)と、いわゆる女踊の基本的な三部構成の形式を踏んでいます。ただし、出羽と入羽で角切り(舞台の下手、上手を斜めに使用すること)がなく、それぞれ曲の変わり目で正面に向き立ち直りが見られます。
 また、実演家が踊る「瓦屋」で親指と人差指を合わせる”月見手”もありません。特徴として、月眺めのポーズを中心に随所に静止の状態が長く続くことが大きなポイントとして上げられます。このことは、古式豊かで優雅な雰囲気をかもし出ており、思わず文楽(ブンラク)や人形浄瑠璃(ニンギョウジョウルリ)の人形の動きを想い起こします。左右の手の指先を合わせ両肘を高く上げ、紅型衣装の袖がゆったりと垂れるあたりは初めて見る光景でハッと致します。
 現在は一人で踊りますが元々二人で踊っていました。
 もう一題は、「鳩間節」です。「鳩間節」は、鳩間島の結願祭のときに四つ竹を持ってゆっくり踊る豊納舞踊です。大正の初め頃、芝居役者の伊良皆尹吉が速いテンポの踊りに仕上げ、本土でも好評を博しました。各芝居役者の手を経て、現在各研究所によっても多様な振りがあります。
 字瀬名波には、渡慶次公民館の西側の隣で薬売り業を営んでいた恩河のターリーという人が教えたといわれます。恩河の夕ーリーは首里士族で、舞踊・文学の面に秀でた才能があったと思われます。字瀬名波の「鳩間節」も見応えのある所作(振り)がありますが、特に四番目のところで、背中で合掌するめずらしい仕草があります。この仕草は南風原町字宮平でもみることができます。「鳩間節」は字宇座にも伝承されていました。

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