10月30日
旧歴九月十八日は観音様のお祭り
知花 英康
旧歴九月十八日は観音様のお祭日である。喜名の観音堂は何時頃の建立されたかはつきりした記録がないので明らかでないが、建物の状態から見て今から百二三十年前ではないかといわれている。旧歴の九月になるとお参りする人も多く殊に旧九月十八日には村でお祭りをする慣例であった。
観音様は印度から支那へ、支那から日本に、日本から沖縄へ伝わってきた慈悲深い仏様で、どんな人の悩み苦しみでも救い、又祈願する人の希望をもとどけしむる万能の力を持って居られるというので千手観音とも云い温顔の女像である。
観音堂は沖縄には首里、美里、嘉手苅、金武、玉城村の奥武、八重山の石垣、読谷村の喜名等にあるが首里の観音堂は、一、六一六年(三四二年前)尚豊王が薩摩に人質となった時父尚貞が私事として祈願し「尚豊恙なく帰国せば観音像を観請して一宇を建てん」と約された処翌年に尚豊王は無事に帰国されたので観音堂を建てられたとの事である。それ以来海上平安を祈るため渡航者の崇拝が深くなって「上り口説」にも詠まれ又戦前出征に際しては必ず祈願参詣をしたのであった。又苦悩をはらし希望を訴える参詣者も多かった。時世の推移に連れて信教の自由、歳費の捻出等が考慮せられ、役場敷地内に出来た蜜柑やバナナ等の売上金を以て祭費に充てられて諸事成就祈願で村民に尊信せられた。
観音様の左側の祠(神を祀れる御堂)は旧藩時代に勧業の守護神として各間切に勧請せしめた土帝君の御堂である。