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られ有意義なおお祝であった
一般の区民も御祝をする家庭も経費の面で、また楽しく皆んなで祝う厳粛かつ賑やかな御祝が出来た処からこの合同祝はひじょうによい反響があって今後は決して銘々個人祝はやらず今後ずっと継続しようと喜ばれている。
☆高志保
ここも一九五四年から合同祝を始めて、今年で第六回目、二月八日日曜日の午後二時から公民館において賑やかなお祝を挙行した。今年のお祝にあたる方々は
八十五才の長寿をお迎えになった方一人
七十三才の古稀のお祝が一人
六十一才の還暦のお祝の方が六人
十三才の御子さん方三十六名であわせて四十六名の合同生年祝である。
お祝に当る御親族は勿論字民二百五十名が集って記念撮影、記念品贈呈の後午後四時から青年会主催の演芸、舞踊で午後十時まで賑った
☆楚辺二十二年の輝かしい伝統を有する合同生年祝
「字楚辺第二二回亥年生敬老祝賀会」の大き額を正面にかかげて、生年者十八名を祝福するために去る二月十四日(土)午後二時から公民館において約四五○名の会員が集まり盛大に催された。
この部落の合同生年祝は昭和十三年から初めたと云うから大東亜戦争以前の平和の時代から開催されたということになる。今年で二十二回他に類例を見ない伝統をもっている。部落が大きいだけに毎年二十数名のトシビー祝の該当者がいる事から御祝の競争意識による濫費を指摘してこれを是正するために初めたというからやはり今日行われている新生活運動と同一の趣旨から発促した合同祝であるようだ。
☆座喜味
終戦間もないトーガー時代(元部落に移動以前)には、足りないづくめのお互いの生活であったのでいろいろの行事も、わりかた簡素に行われて生年祝も公民館で会費制で合同で催していたが、元部落に移動してから数年またもとのように個人祝に逆戻してしまった。
生年祝をするのに二万円使ったとか、二百人余りも招待したなど、或は十何個所から案内を受けたとか、御祝儀に千五百円も要したなどという事も聞かされ、お祝をする家でも案内を受ける方でも、これでは大へんだ、やはりトーガー時代のような合同祝でなければという世論から字の審議会で取りあげ部落常会で諸行事簡素化の一ッとしてトシビーお祝は公民館で合同祝をする事に決定して、今年は第五回目の生年合同祝となっている。回を重ねる毎に厳粛でしかも盛大で、青年会や婦人会の全面的に協力があって関係者を喜ばしている。
今年も七十三才の古稀の御祝が八人で六十一才の還暦のお祝を迎える方が六人で合せて十四名の合同生年祝を二月十日(旧一月三日)に区民は二○仙会費で青年会、婦人会の演劇を鑑賞しながら楽しい一日を送った。
☆長浜、宇座、大木の各字でも青年会婦人会の協力を得てそれぞれ公民館で賑やかな合同生年祝がもよおされ区民を喜ばした。また合同祝にならない多くの部落の方々是非来年からは皆で楽しいそして経済的有意義ある合同祝をしていただけるようおすすめしたい。