名所旧跡 座喜味城
座喜味城は十五世紀の初期、琉球の武将護佐丸によって築かれた城である。護佐丸は初め読谷山山田の城主であったが中山(首里城)の尚巴志に味方して、北山(今帰仁城)■安知を亡ぼしその後座喜味城を築いて其処に移った。当時座喜味城下にある長浜は南方貿易の港であった為、護佐丸は長浜港の近くに居を移した、南方貿易による富の蓄積が目的でなかったかと考えられる。護佐丸はその後(それは彼の晩年であった)座喜味よりもっと堅固な城を中城に築いた。
だから中城城は座喜味城の欠を補いもっとも広くかつ要塞であり当時の琉球の城としては首里城に次ぐ代表的な城である。
だから座喜味城と中城城はその築城の技術に共通するものがあり、また護佐丸が最初に築いた城である為、琉球の築城の歴史を知る上において最も重要な資材であるため史跡特別重要文化財として指定され眺望雄大で読谷村全域が見下され、山あり、谷あり、まさにパノラマを見る如く、その風景は絶佳である。
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