読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1971年2月発行 広報よみたん / 8頁

読谷村の年中行事

読谷村の年中行事
読高教諭 名嘉真 宜勝
一月
 一日 正月
方言では正月・元旦のことをソーグヮチとかチィタチベーと称す。読谷村では波平、楚辺の二ヶ字が新暦で他旧暦で正月を祝っている。しかしこの両字でも新暦で正月を祝うようになったのはつい最近からで、その為その内容も旧習を踏襲した面が多い。正月にはお年玉がつきものである。しかしそれも高校生ともなるとなくなる。彼等はそのためか知らぬが「今の正月はちっともおもしろくない、昔のほうが楽しかった」とぐちをこぼす。また年寄りの方々も口を揃え、「昔の正月がよかった」と溜息をつく今頃である。一体、昔の楽しかった正月とはどういうものだろうか、何故今日の正月が我々村民に無味乾燥なものにさせているのか。そのような点を少しく皆さんといっしょに考えてみたい。
○若年迎え
正月歌や御年頭の挨拶に見られるようにワカドゥシ・ンケーが正月の基本をなしている。いったいそれがどのようにして迎えられ祝されているか眺めてみることにしよう。
①若水(ミーミジ)
ミーミジは古くは必ず部落の古い井戸、つまりウブガーからお迎えした。現在は水道施設完備のため、以前のような一番鳥に合わして若水汲みの風景は見られなくなった。しかし、各戸の井戸を所有している家では、まだ生李三箇を白紙の上に乗せて供えているのが見られる。これは、かっては村のウブガーに大きな芋をお供し五穀豊穣を予視した遺習と見る。今日では若水にするウビナディーを忘れた家が多い。その他にも若水迎えには様々の呪術的作法が伴っていたが、では現在それらほとんどが忘れ去られている。
◎ミーミジの由来譚
「昔ある昔々、金持ちと貧乏がいて、神が最初に金持ちの家へ来て一晩だけ泊めてくれるように頼んだがその家の者は知らない人を泊めることは出来ないということで追い払った。すると神は貧乏人の所へ行って頼んだ。するとその家の者は、貧しいところで何もありませんが、どうぞ泊って下さいといい、食事も準備してやった。親切にしてもらった神は自分はただの人間でなく神様であることを貧乏人に告げた。そして、お礼に、メーガーからミーミヂを汲んでそれで顔を洗うと、どんなに年をとっていても若汲えるということを教えられ、その通りしたら若えたという」。

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