海洋博、工業公団はぜひ読谷に
本土政府折衛報告 村長 古堅宗光
一九七五年度日本海洋博覧会の残波岬地区開催実現方の陳情、読谷地区工業公園開発構想の実現方の陳情、この両計画を実現可能ならしめるため、その計画地の軍用地からの解放要請のために、去る九月十二日、村長、議会議長、企画室長の三名が上京し政府折衝を致しましたのでその概要を報告します。
九月十三日早朝、琉球政府東京事務所を訪れ、上京の挨拶をし、日程を打合せ、同日午前十時、総理府を訪問交渉を始めました。
総理府では、総務副長官砂良重民氏、沖縄北方対策庁長官、岡部秀一氏に陳情要旨を説明し、ご協力をお願申し上げました。
通産省から沖縄開発の具体的なプロジェクトが出ているので、その計画が実現するように、総理府としても協力することを約束して下さいました。
同日(十三日)午後は残波岬地区に海洋博覧会開催を計画した伊藤忠商事株式会社、読谷地区工業公園構想を出しました日本工業立地センターを表敬挨拶のため訪問し皆様といろいろ意見を交し、読谷村の立地の好条件を再認識し、意を強くしたものであります。
九月十四日には午後二時に通商産業省を訪問、企業局参事宮官中芳秋氏、商務第二課長村野啓一郎氏、日本万国博覧会管理官、矢崎朝道氏、通商産業技官高木宏明氏、通商産業事務官熊沢正光氏等、海洋博、工業公園の関係スタッフが一堂に会して一時間余にわたって、具体的に話し合えたことは、私たちの意のするところを充分に得て下さったものと理解致しました。海洋博については、残波岬地区、北部地区、南部地区と、会場の誘致合戦で具体的な答えは得られませんでしたが、残波岬が広大で景勝地で海もすばらしいところであることを矢崎管理官は強調していました。
工業公園構想については、私たちが考えた以上に具体化し、通産省方針が決定し昭和四七年度予算に約十六万ドルが予算要求されています。予算が通過しますと来年度から具体的な作業が始まると思います。
九月十四日午後四時に防衛施設庁訪問、防衛施設庁長官島田豊氏、同庁沖縄対策本部長、銅崎富司氏に読谷村の軍用地の内容を説明し、読谷開発に軍用地が大きな壁になっているので開発計画が具体化しているところを早めに解放してほしい旨を強く訴えました。島田長官も皆様の意を充分に得たので、その線で検討したいとお答え下さいました。
九月十六日午後五時からは外務省アメリカ局を訪問、北米第一課長、千葉一夫氏外務事務官山崎隆一郎氏に防衛施設庁同様、読谷開発の具体的計画のある地域を早めに軍用地の開放要求を強く訴え、協力をお願い申し上げました。
千葉課長のお答えは、皆様の要求は充分に理解できるが、本土復帰までは解放は不可能である。しかし、本土復帰後は日本政府に権限が移り、主体的検討出来るので要求に沿うように検討すると約束しました。地方から具体的な計画により解放要求することは、外務省としても検討しやすく、具体化させやすいので今後連絡を密にして協力する旨でありました。
以上、総理府、通産省、防衛施設庁、外務省との折衛から感じられることは、
(一)地域開発計画や、国の開発プロジェクト計画にしても、その地元が真剣にその事業をやる意思があるかどうか、
(二)読谷開発をよりはやく、具体化させるかは計画地域の軍用地解放が大きな要であると考えます。
最初の本土政府折衝でありましたが、特に工業公園においては読谷開発の好機到来であり、今後精力的に運動を続けたいと考えます。