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1973年7月発行 広報よみたん / 2頁

140万坪 開発計画の第一弾 ボーロポイント地域  残波公園などの開発構想

140万坪 開発計画の第一弾 ボーロポイント地域 
残波公園などの開発構想
 拡大な軍用地をかかえる本村は、軍用地開放後の跡地利用が大きな問題となっています。現在村総面積の六二パーセントが軍用地となり、そのほとんどが黙認耕作地となって、開放一番手ともいわれている軍用地が大半を占めている。
 村民は、開放をよろこぶと同時に、復元補償、及び跡地利用計画が充分なされないままの開放には、いちずの不安が大きい。
 そういう中で、村役場では、手はじめにボーローポイント地域を四七会計年度で三五〇万円を投じ「ボーローポイント開発計画」を国建設計工務株式会社に委託し、このほど同開発計画案がまとまり、去る六月四日村当局、地主、議会議員等が集まって説明会が開かれました。
 ボーローポイント地域は一四三万坪もあって(地主約七〇〇名)開発計画が望まれ、同開発計画は本村の厚生文化都市基本構想にそって計画案は作られている。
 まず、この開発計画は、ボーローポイントの軍用地は現在ほとんど使われてなく沖縄の軍用地の中でもかなり早く開放されるものと見られている。しかし、開放されると同時に軍用地料の支払いは打ち切られ、早急にその後の土地利用のしかたに従って開発を進めていくことが重要となっています。その開発も、本村のめざす静かで美しい自然の中の厚生文化都市という姿をこわさずに村や、地主、村民の利益につながるようなことでなければならない。
 このように基本的な立場において次のような方針にもとずいて計画は作られていった。
①、土地を売らないで貸すことによって収入が得られるようにする。
②、開発は地主の利益を守ると共に、村全体のためになるようにする。
③、開発によって、自然がこわされたり、公害が起こったり、教育に悪い影響が出ないようにする。
 この三点をもとに開発計画が行なわれ、その計画が実現して行くためには、団結と強い熱意が必要で、一致協力して計画を押し進め安定した生活が営めるように開発計画案は発表された。
 同計画の最大の焦点は、一四〇万坪の広大な土地と現在県内で失なわれつつある美しい大海原の大自然を生かした海浜レジャーセンターの計画である。同計画には、残波公園、植物園、リゾートホテル、ゴルフ場などの計画がなされている。
 一四〇万坪の施設配置は美しい海岸線を生かして、八万二千坪にビーチを計画、残波公園に二四万一千坪、ゴルフ場に二九万九千坪、公共施設地区に七万九千坪、園芸、農場観光農園に二九万四千坪、植物園十一万七千坪、リゾートホテル地区、十万五千坪、研修文化村、三万一千坪、別荘村、九万六千坪、マリーナに三万八千坪、市街地予備地区二万二千坪、農用地八万五千坪、道路、駐車場に九万三千坪、まさと大規模な開発計画である。
 この開発計画は、十年の長期開発計画の中で行なわれるもので、まず開発着手は二年計画で、残波寄りビーチの造成、ゴルフ場の建設、リゾートホテル一棟の建設、残波公園の簡易施設、また、観光道路、駐車場などの計画がなされている。
 開発展開第一段階は三年計画で、サイクリングの道路を公共施設地区内に整備、残波公園を展望側へ整備、公共施設は運動施設を作る、観光農園、植物園計

※写真「ボーローポイント開発計画地域」は原本参照

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