一九七五年五月号
読谷山花織が無形文化財に指定される
およそ五〇〇年前から本村で織りあげられている「読谷山花織」が県教育委員会から「無形文化財(工芸技術の部)の県指定を受けることになりました。
それと同時に高志保出身の与那嶺貞さん(写真)もその技能保持者として認定されました。
指定された主な理由は、「芸術上の価置が高く芸術に資する技術として貴重であり地方的特色が顕著」というものです。また、与那嶺さんについては「その技術を高度に体得している人」とし、指定の主な理由となっています。
読谷山花織は十五世紀頃南方貿易の根拠地として栄えた本村、長浜部落にビルマ、インド方面から南風島おどりとともに伝来し、明治三十年代まで村内各地で「はた織」されていましたが一時哀願し絶滅寸前にまでおよんでいたのを昭和三九年、村当局をはじめ与那嶺さん等、関係者の努力によって復元されています。
現在では、村の花織講習会等で養成された織り子は約七十名にも達し年間の生産量も六〇〇反におよんでいます。
※写真は原本参照