花織文化を運んだ。海上の道、と銘打ち、読谷村花織事業協同組合(島袋安子理事長)主催の読谷山花織展が去る五月三十日から六月四日までの日程で那覇市の沖縄三越で開催され、連日大勢の観客が訪ずれ、大きな反響を呼び、盛況のうちに幕を閉じました。
今回の展示会は、デパート三越と染と織・琉藍の野村昌弘氏の企画により、花織事業協同組合が主催し読谷村が共賛して進められ、実現しました。
当初島袋安子理事長は、沖縄全体の染、織展にして、その中に一部花織の出展をと主張したのですか、先述の野村氏らの積極的な動きに、遂に単独開催となったという。
花織文化を運んだ”海上の道”をテーマに、インドで生まれた絣やブータンの花織から、マレーシア、インドネシア、フィリピンを島伝いに黒潮に乗って海のシルクロードを北向し、沖縄へ向ったという、軌跡をそれぞれの国の花織を実際に展示し、その歴史的経過と技法、紋様の類似性を示し、世界的視野から花織を位置付けるという画期的なものであった。
会場には二百年前に織られたブータンのキラと呼ばれる花織やラオス、インドネシアの花織が展示され、さらには昭和四十年頃、試行錯誤しながら再現した初期の読谷山花織や、この展示会のため織子たちが丹精を込めて織った最新作が会場いっぱいに展示され、訪ずれる客の目をうばっていた。
会場の一角には染糸に使う天然材を紹介するマーナーや織の実演もあり、熱心に見入る人々が多かった。
観客の声をいくつかひろってみると。「名前はよく聞くけど実際に見るのは初めて、とてもすばらしいですね」とか「読谷山花織というと絆に白模様というイメージだったのですか、こんなにカラフルだとは思わなかった。これからは考えを改めなくては、…」と言った具合に、感嘆の声を上げていきました。
三越の担当者は、沖縄の織、染の産地で、これだけ行政との関わりが深く、うまく行っているところはない、販売ものびており、今後もぜひこの花織を発展させてほしいですと話していました。
読谷の文化が、また一つ飛躍する一週間の展示会でした。