【見出し】にぎわったGW ユッカヌヒー 残波玩具まつり 地域活性化読谷村職労結成30周年事業 【写真:夢は世界のおもちゃ展:郷土玩具の講師・外原淳氏:にぎわった玩具コーナー:なれぬ手つきでカッターをもち一生懸命おもちゃ造りに挑戦:パントマイムショーも、そのコッケイさで観衆を楽しませた:青年部の「牛うわーせー」は観衆を爆笑させた:企画展「子供の世界」は観る人に感銘を与えた】
ゴールデンウィークの五月四日、残波岬いこいの広場では、「ユッカヌヒー残波玩具まつり」のイベントが開催された。
これは、読谷村職員労働組合(委員長・長浜功勇)が”地域活性化事業”の一環として、読谷村商工会、自治労沖縄県本部、読谷村及び読谷村教育委員会の後援をうけて行なわれたもので、
このすばらしい、沖縄の風習の復活と、沖縄の伝統、琉球玩具の保存・育成を、まつりを通して培っていくことを趣旨としている。主催者の長浜委員長は「このまつりを契機に、将来は日本のオモチャ、世界のオモチャ展を、この残波の地で開催してみたい」と、スケールの大きな企画を述べた。
まつり会場には、老若男女や親子連れの行楽客が琉球玩具づくりに挑戦。慣れぬ手つきで、竹トンボや、ソテツの虫かご、ケン玉、竹笛などのオモチャ造りに、時を忘れ、悪戦苦闘しながらも、一生懸命に、わらべの世界に興じた。
一方、広場ステージでは、アトラクションが披露され、読職労青年部の扮する本物そっくりの”闘牛”に観客も大喜び、青い目のお客さんも”ワンダフル”を連発し、大喝采。”モウ君”が観客内を闇歩して牛舎?に引きあげると、おっかなビックリ、恐る恐る手を差し述べるチビッ子、泣きべそになって逃げまどう弱虫くんの姿に、会場は大爆笑。
また、本土から来たカップルは、ちゃっかり牛君と記念撮影をするなど、モーッ熱々。
続いて漠々団の演ずるパントマイムショウでは、そのコッケイな演技に目をシロクロ、心ゆくまでショウを楽しんだ。
玩具コーナーでは、沖縄玩具伝承友の会・外原淳先生による特別講演が行なわれ、玩具(もて遊ぶの意味→もち遊ぶ→おもち遊ぶ→おもちゃ遊び→おもちゃ)の語言や由来、造り方などを説明。講演後の実技指導では、親子が夢中になっておもちゃ造りに興じ、「できたーッ」と喜ぶ子ども、思うように造れず、悔しがる子ども等々。
ユッカヌヒー残波玩具まつりは終日賑わいを見せ、また、残波マンタハウス内、大広間での展示コーナー、企画展”子供の世界”においては、外原先生の手造り作品の郷土玩具が、一同に展示され、観る人に感銘を与えました。
この度の「ユッカヌヒー残波玩具まつり」は、地域活性化モデル地域に昭和六三年二月に指定(全国で十ヵ所、県下で読職労一ヵ所)されたのに伴い、”人々が住んでいる地域、人間の暮らしに欠くことのできない地域を生き生きとしたものにしよう”とのことから、推進されているものです。
これまでにも、地域と連携して、①ゆんたんざ ぐすくフォーラム②Pハウス・ゆめあ~る、③かたやびら二〇一〇年。などの事業を実践し、その実績は高く評価され、内外からの注目を集めているところです。
※ユッカヌヒーとは
沖縄にはユッカヌヒーという、子供達にとっては正月にも匹敵する楽しい子供の日があった。
王朝時代、ユッカヌヒーは、五月五日の節句の前夜、つまり節句イブの日。この日に頑具(おもちゃの意)の市がたつからである。
子供達は、この日だけは天下晴れて、おもちゃを両親にねだることができた。また、親たちは子供の健やかな成長と、立身出世を祈って買ってあげたのである。
※写真。