読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1994年7月発行 広報よみたん / 8頁

【見出し】渡慶次農村基盤総合整備事業の完工を期し 除幕式・式典・祝賀会を挙行

渡慶次地区農村基盤総合整備事業の完了に伴い、渡慶次区(福地一男区長)では五月十五日午後、同公民館で盛大に「農村基盤総合整備事業完工祝賀会」を挙行した。
 区民が和の精神で村づくりを推し進めよう-と、渡慶次区では字の風水(フンシ)を定め記念碑を建立。同区では祝賀会に先立ち関係者らで記念碑の除幕式を挙行した。
 その除幕式では、三線演奏による碑への入魂式や御願立てが行われた後、福地区長や与那覇真一渡慶次・儀間農村基盤総合整備事業推進委員長、山内徳信村長、儀保輝和議会議長らで除幕が挙行された。
 除幕の後、記念碑の前では福地区長が事業完工へのお礼の言葉を述べる一方で、同席した山内村長は「良き先輩方のおかげでモデル的な整備ができ、渡慶次区が見事な農村広場に変わった。記念碑には渡慶次の人達が最も大事にした”人の和”が刻まれ、渡慶次の人々の心意気を感じる。今後も渡慶次が生々発展していくよう、心からお祈りする」と述べた。
 碑には「人和定風水」(天の地、地の利は人の和に如かず)と刻印され、区民の和の精神を強調すると共に、記念碑の横には「大池之跡」の碑も建立され、除幕式ではその周囲に記念木(クルチの木)の植樹も行われた。
 除幕式の後、公民館広場では引き続き、区民をはじめ村内外からの大勢の来賓らが次々と出席する中、盛大に「完工祝賀会」が催された。
 式典では、福地区長が「復帰後、当部落へも土地改良や農村基盤総合整備事業が導入され、区民の関心と期待の高まる中で、事業も順調に進み、伝統文化の活きづく農村集落へと甦ってきた光景には感激いっぱいである。今後はあ、快適に整備された道路や排水路、公園等を活かし、農業生産性を高め、伝統文化の保存・継承に努めると共に、郷土振興に区民共々に邁進したい」と式辞。また、大事業を推進し、事業を完工に導いた与那覇推進委員長は「長きにわたる事業は難渋を極めたものの、区民の努力と地主の協力で緑豊かな環境整備ができたことは喜びに絶えない。これを機に区民が和の精神で手を携え、区の発展に頑張っていきましょう」とあいさつ。その後、安田慶造助役をはじめ儀保議会議長、沖縄総合事務局土地改良課や沖縄県農林水産部の来賓などが祝辞を述べた。
 また、式典では事業に貢献した推進委員(十四人)に対して感謝状と記念品が贈られ、区民から感謝された。
 式典の後は祝賀会へと移り、ステージでは「幕開け古典演奏」に続き、渡慶次区伝統の「獅子舞」や琉舞、歌劇などの余興を繰り広げ、最後は賑やかにカチャーシーを踊って事業の完工を盛大に祝っていた。
 なお、同区では農村基盤整備事業完工記念として”人和定風水”と題した記念誌(B5版・一四〇貢)を発刊。記念誌は、題一章「農村基盤整備事業」、題二章「住み良い快適なむら」、題三章「渡慶次むらの集落形成」、題四章「伝統文化の活きづくむら」の章からなり、渡慶次区の沿革や歴史的な事柄などが書き綴られ、今後の渡慶次区の発展の貴重な資料として大きく期待されている。  一九八八年度から渡慶次・儀間に導入された農村基盤総合整備事業は、両字の生活環境整備を中心に国・県の補助を受けて総合的な整備が行われ、一九九三年度までの六年間にわたり、総事業費四億千百万円が投じられた。
 読谷村が事業主体で、国が七五%、県と村でそれぞれ一二・五%の負担区分。受益戸数は渡慶次・儀間の両区で四六五戸、対象人口二一九七人。

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