「震災時には村民の皆様方に大変お世話になりました」と、九月二十六日午前、関西地区読谷郷友会の金城洪臣氏(前会長)と平安名常徳氏(新会長)が来村して山内村長と会談し、阪神大震災時のお礼と平安名新会長(喜名区出身)の紹介が行われました。
その席上、山内村長は「関西の人々のパワーには頭が下がる思い。今後も自信と誇りを持ってなお一層、復興に努めてほしい」と激励。これに両氏は「読谷村からの見舞い金や激励の手紙は関西の人々に感動と勇気を与えた。今では二世・三世の若者らも読谷を誇りにし、郷里に対する関心が高まってきている」と応えました。
読谷郷友会では、本村からの義援金や激励の手紙を「出来得る限り世帯を訪問し、声を掛けながら配布した」と言う。また、大震災にめげずにみんなで復興に頑張ろうと、阪神大震災復興ニュース『ちばらなさい』を月々に発行。「負けへんで!」と元気を取り戻している。
読谷村民の皆様には、格別の励ましとご指導ご鞭撻をいただき心からの感謝を申し上げます。特に昨年の十周年記念事業「旅人」モニュメント建立には大きなご支援をいただき、子々孫々に誇れる記念碑尼建立することが出来ました。本当に有難うございました。
初めて体験した「読谷まつり」のスケールの大きさに圧倒され、スタッフの若い青年の多さに、擾刺とした活動ぶりに、将来の読谷の姿が見えてくるようでした。参加した全ての者が大きな感動を胸に「読谷まつり」との再会を願い関西への帰路につきました。
明けて一九九五年一月十七日未明、思いもよらぬ大地震の発生です。時間の経過と共に大惨事は拡大するばかりです。地獄絵そのものです。郷友会も役員を中心に会員の安否確認に奔走しました。公的交通網も不通、電話も不通という状況下での安否確認に疲労と焦りが、気持ちを容赦なく痛め付けます。そんなとき山内徳信村長、仲宗根盛良厚生課長の両氏も駆け付けてくださり、激励と見舞いの訪問を行いました。ある青年は、村長さんの手を取り「復興に向けて頑張る」決意を述べ、ある年配の方は「家族全員力を合わせ、もう一度頑張る」と涙を浮かべ感謝の言葉を述べておりました。読谷村役場・教育委員会をはじめ村民の皆様のご支援の数々は「被災者」と「読谷村出身者」に限りない励ましと計り知れない感動を与えてくださいました。見舞金も二五九世帯に支給しました。子供たちからの激励の手紙は、涙ながらの感動を呼び起こしております。「天国のおじいちゃんに手紙を読んでやった」「これからも色々な困難にぶつかるだろう、そんなときこの手紙を読み返してみる」「今時の若い子がゆいま一る・命ど宝の言葉が使える…さすが読谷の子供たち」「沖縄に行ったら必ず逢いたい」等の感想を寄せております。震災から早八ヶ月を過ぎた今尚、住む家もない人・不便な仮設住宅での生活を余儀なくされた方、失業中の人、まだまだ困難の多い被災地の現状ですが、確実に復興への歩みは進みつつあります。大震災の救援活動で発揮された多くの善意とボランティア精神は、人間の偉大さと誇りを確認させてくれました。この力がすばらしい神戸と関西を復興させてくれるものと思います。
郷友会も会員相互の親睦を高め、社会的役割を担える組織として成長していきたいと思います。新会長の就任のあいさつと共に、読谷村民の皆様の温かい励ましとお見舞いに対し、心からの感謝を申し上げます。
一九九五年九月十五日
会長 平安名常徳
9月の村人口
人口: 34,125人 (+ 71)
男:16,991人
女:17,134人
出生〔49〕 転入〔117〕 死亡〔11〕 転出〔84〕
世帯:9,425 (+27)
( )内は前月比