プロフィール
「御当国御高並諸上納里積記』(一六八〇年~)に鶴間村と記され、渡慶次と一体となった古い集落である。戦後は軍用地に接収されたため、多くの区民は字長浜に居住した。復帰後、軍用地返還跡地で西部遣道地区土地改良事業、農産物集出荷貯蔵施設等の農業関連の碁盤整備事業が行われた。同じ頃にかつての集落の復元のための儀間復帰先地整備事業も実施され、生活環境の整備が進んでいる。行政区加入人口は七百九十七(百八十四世帯)で、村内では規模の小さい地区である。
地区づくりの目標
儀間は村内でも特に農業への取り組みが活発な地区である。土地改良事業によって大規模な基盤整備が行われ、長浜ダムの竣工により待望の潅漑排水事業が開始された。これまでのメロン、花卉等の作目にリゾート関連での農業開発等を加え、新しい農業開発のフロンティアとなるようなむらづくりを進める。
暮らしの農業
農業は生産・販売という産業にとどまらず、土と親しむなど特に子ども達の自然学習への機会も与えるものである。農業は区民の暮らしと結びつけながら多様な意義を発見していくことが大切である。儀間は畑に近いことで、その日常的な活用が期待できる。直家野菜で旬の食材を楽しむこと、お年寄りの健康づくりと安らぎ、家族での共同作業によるふれ合いの場の創出など、暮らしを豊かに送る農業の普及をはかる。
安仁屋正吉氏
青年会や区民の協力のもとに民俗芸能「フェーヌシマ」の復興に尽力、常に儀間の伝統芸能の指導者として活躍している。組踊や歌劇などの唄三味線を担当すると同時に脚本の保存など、鶴間の伝統芸能の継承に欠かせない。またEM菌を使った農業面でも先駆的な役割を果たす。組踊や歌劇は出来る人が少なくなってきているだけに早めに取り組まなければと、周囲にはっぱをかける。