読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

2005年11月発行 広報よみたん / 17頁

読谷の民俗芸能8 組踊(7) 万歳敵討

読谷の民俗芸能8
組踊(7) 万歳敵討

 「万歳敵討」は、田里朝直の作品で一七五六年、一八〇〇年の冊封式典後の余興として上演されています。読谷村字長浜では「高平良万歳」と称して伝承されています。昭和七、八年頃那覇の芝居役者から習って演じたといわれます。それ以前から上演されていたのではないかという古老もいますがはっきりしません。戦後は、昭和二五年頃まで演じていました。
 高平良御鎖は、馬意恨により謝名の子、慶運兄弟の父を闇討ちにする。兄弟は万歳姿に身をやつし仇討ちの機会をねらっている。高平良御鎖は、二日つづけて山鳩が家に入ったため身を清めるために小湾浜に浜下りにいく。兄弟は、たまたま出会った道行人から高平良の浜下りのことを聞き、万歳芸を見せながら高平良に近づき仇を討つという内容です。
 いくつか特徴をあげますと、字長浜では、道行人は幽霊で兄弟の父という設定です。衣装は、白足袋、白衣装で額に三角巾をかぶり、手は胸の前に上げ小走りで動きます。実演家の間でも道行人は「神の使い」という伝承があります。
 二つ目に民間信仰が導入されていることです。沖縄では、不吉な事がおきる場合、その予兆(ムヌシラシ)があると信じられていました。山鳩が家に入ることはよいことではなかったのです。そういうことで高平良は禊ぎのために浜下りをします。
 見どころは何と言っても兄弟の万歳踊りです。口説が初めて取りいれられた組踊りですが口説、万歳かふす節、おほんしゃり節、さいんする節と一連の踊りはおなじみの踊りです。「高平良万歳」として各字のムラアシビなどでよく演じられています。また、高平良の子供達の「四つ竹踊り」で醸し出す風光明媚な小湾浜の晴れやかな場面が見事に構成された、切れ味のある組踊りです。
  文・村立歴史民俗資料館
         長浜真勇

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