一九七二年五月号
祖国に帰る
五月一五日、県民悲願の祖国復帰が実現した。
しかし、現実はきびしく、物価の値上り、円交換は三百五円と県民ははかり知れない損失を受けました。
この復帰の道程はながく、苦しいものであり、県民の体験は今後の民主的自治権の確立の礎石になるでしょう。
これからは、憲法をくらしの中にいかし、二七年余のアメリカの軍事支配によって受けたもろもろの格差を是正し、明かるく豊かな読谷村建設に努力する決意をもちたい。
一九七二年五月号
祖国に帰る
五月一五日、県民悲願の祖国復帰が実現した。
しかし、現実はきびしく、物価の値上り、円交換は三百五円と県民ははかり知れない損失を受けました。
この復帰の道程はながく、苦しいものであり、県民の体験は今後の民主的自治権の確立の礎石になるでしょう。
これからは、憲法をくらしの中にいかし、二七年余のアメリカの軍事支配によって受けたもろもろの格差を是正し、明かるく豊かな読谷村建設に努力する決意をもちたい。