読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1990年2月発行 広報よみたん / 4頁

叙勲・県功労受章祝賀会 知花成昇氏 屋良朝晴氏 比嘉寅吉氏 【写真:写真下左から屋良朝晴、津留子夫妻・知花成昇、智江夫妻・比嘉寅吉、貞子夫妻:写真1】知花成昇氏勲五等双光旭日章(建設業振興功労)【顔写真】 屋良朝晴氏勲五等瑞宝章(スポーツ振興功労)【顔写真】 比嘉寅吉氏県功労賞(産業経済功労)【顔写真】

 叙勲・県功労賞を受章した知花成昇氏=勲五等双光旭日章(建設業振興功労)、屋良朝晴氏=勲五等瑞宝章(スポーツ振興功労)、比嘉寅吉氏=県功労賞(産業経済功労)の合同受章祝賀会が去る十二月二二日、村総合福祉センターホールで開かれ、関係者約二百人が出席三氏の功績を讃えた、
 安田慶造助役の受章者紹介の後山内徳信村長は「この度の受章の喜びはご家族はもとより村民の喜びであり、後に続く後輩にとって大きな励みです。これからもそれぞれの場において益々のご活躍を期待します」とあいさつ。続いて儀保輝和村議会議長、伊波栄徳県議会議員が祝辞を述べた。
 記念品・花束贈呈の後、山内嘉政村老人会長の乾杯の音頭で祝宴に入り役場職員の古典音楽演奏で幕明けした。
 受章者を代表して知花氏は「三人のたどった道はそれぞれ異っていても、皆様の温かい励ましとご指導・ご協力により今日を迎えることが出来ました。受章に恥ずることのないよう、これからも心して励むとともに、村発展を衷心よりお祈り申し上げます」と謝辞を述べた。 三氏ゆかりの波平区、瀬名波区高志保区の皆さんの余興で花を添え宴もたけなわ終了した。

知花成昇氏 勲五等双光旭日章(建設業振興功労)

 氏は村役場、琉球政府等の勤務を経、昭和三十一年村助役に、続いて昭和三十五年第十四代読谷村長に就任。県・村行政を通じ長年にわたり、地方自治の発展と公共の福祉増進に尽力された。
 昭和三十八年拙沖縄県建設業協会の専務理事兼事務局長として永年建設業界発展に寄与、建設業労働災害防止協会沖縄県支部、建設
業退職金共済組合沖縄県支部、沖縄県中小建設工事業組合、全日本漁港建設協会沖縄県支部、(社)日本道路建設業協会沖縄支部、㈹沖縄県建設産業団体連合会、沖縄金属腐食対策協議会等の設立に尽力、各団体の事務局長に就任、その他数多くの行政委員会、審議会等の委員ならびに業界団体の理事役員として県建設業界発展に日夜献身、建設産業界にもたらした功績は多大であり、県内はもとより全国でも高く評価されている。

屋良朝晴氏 勲五等瑞宝章(スポーツ振興功労)

 氏は戦後の混乱期から現在に至るまで長年にわたり県社会体育発展の為大きく貢献された。
 昭和二十一年の沖縄体育協会発足以来その組織強化、法人化に尽力、昭和三十二年その実現をみるに至る。その後十六年間事務局長を勤め、今日の県体育協会の基盤を作り上げた。
 数々のスポーツ振興に努める中沖縄におけるボクシング、ウェイトリフティング、カヌーに将来性を見い出すべくその組織化に尽力、今日オリンピック選手を輩出するに至る。その他県アマチュア自転車競技連盟の発足、沖縄スポーツ少年団の設立にも尽力された。
 昭和二十八年、日本連盟(協会)正式加盟、国民体育大会への参加実現に尽力、スポーツを通じ祖国との親和を深め、県民の士気高揚に大きな成果をもたらした。

比嘉寅吉氏 県功労賞(産業経済功労)

 氏は昭和二五年創業以来、長年にわたり泡盛製造業に携わってきた。
 昭和三十三年琉球泡盛産業株式会社専務取締役、昭和四十三年琉球酒造組合連合会副会長、昭和四十四年琉球泡盛産業株式会社代表取締役、昭和五十一年県酒造組合連合会長、同年九月日本酒造組合中央会理事並びに沖縄県支部長などの要職を歴任、戦後の混乱期、復帰前後の激動期にあって、卓越した指導力で県内泡盛の消費拡大、本土市場拡大に努め、原酒の集中長期保存による品質向上を図り、本県泡盛製造業の振興に貢献した。
 氏はまた、産業経済に貢献するとともに、昭和三十一年村教育委員に就任、教育基盤の整備にも尽力し、教育振興にも功績を残した。

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