読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1991年10月発行 広報よみたん / 4頁

【見出し】よみたんの民話 読谷村民話資料集より再話 トーカチ由来 【写真:1】

 たいそう昔、沖縄にあったことだけどね。
 あるところに、とても金持ちの家があったそうだ。その家には両親と子どもが一人、何不自由なく暮らしていたそうな。一人息子なのでそれはそれは大事に育て、かわいがりようはたいへんなものだった。
 ところが、ある日突然、その息子は重い病気にかかってしまった。両親はもうおどおどして、夜も寝ずに看病を続けた。四方八方のお医者さんに診てもらいあらゆる手を尽くしてもいっこうに良くならなかった。
 「もしかしたら何かはかに原因があるかもしれない。そうだユタのところへ行ってみよう」と、両親は藁にもすがる思いで出かけた。
 両親から事の成りゆきを聞いたユタは
 「あなたたちの子どもは、今度はもうとても危ないよ。わたしの言うことをよく聞きなさい」
 「なんでしょうか」
 「神様がおっしゃるには、ここから、あなたたちのところがら北の方角に向かって行くと、大きな大きな山がある。ずんずん行くと、山の底に、木もなく草も枯れた所がある。そこでニヌファブシとウマヌファブシの二人の神様がさし向かいで碁を打っていらっしゃる。そこへ行ってお願いをしなさい。子どもを救うお願いをしなさい」
と言われた。
 両親は夜が明けると、朝もやの中を、北の方角の山へ急いだ。険しい山道に何度もつまづきながら愛する息子のために長い長い道のりを足早に谷底をめざした。
 そして、太陽が山の西側に傾きかけたころ、ユタの言っていた山底が見えてきた。木もなく、草も枯れた所で神様が二人、いっしょうけんめい碁を打っておられた。
 「ごめんください。ごめんください」
と、両親はおそるおそる近くまで寄った。
 「シジャ(人間)の声がするが」
と、あたりを見まわした。
 「何だ!おまえたちは、わたしたちがこんなに夢中になって碁を打っているところへ『ごめんください、ごめんください』と言うが、いったい何の願い事があるのか」
 「神様、本当のことを申し上げます。わたしたちの家庭のことですが、悪も欲もやっておりませんが、たった一人の息子がとても重い病気にかかって、この子を失うと、わたしたちにはもう何の望みもありません。」
 「それで、あなたの子は幾つか」
と聞いたので、
 「わたしたちの子どもは十八歳です」
 「さあ、それでは、ウマヌファブシ、帳簿をあけなさい」
と、おっしゃった。
 すると、その帳簿には「なにがしの何番地の一人息子は十八歳に死ぬ」と書かれていたそうだ。十八歳に天が引き取ると書かれていた。
 「はい!あなたたちの子どもは十八歳までの命と、天の帳簿にこのように書かれている」
 そう言われて、びっくりした両親は
 「お願いですからこの子を助けて下さい。あなた方二人に頼らなければ助かる見込みがないということで、ユタに教えられてここへこうして来たのです」
 「あゝそうか。ではウマヌファブシ、帳簿をあけなさい。この人たちは誠かそうでないか調べなさい」
と言われたので再び帳簿をあけてみた。
 「この人たちは誠、洗っても落ちません。夫婦、子どもとも大変誠な者です。」
 「そうか、では、せっかく誠実な者たちであるならば、なるべくは命を延ばさせてあげよう。この浮世は自分たち二人の勝手だからな」とおっしゃった。
 それから、また尋ねた。
 「おまえたち夫婦よ。おまえたちが沖縄でいちばんおいしいと思うもの、沖縄でそれ以上の薬はないというほどのもので、おいしいのは何か」
 「そうですね。沖縄で薬にもなっておいしいものといえば山羊汁ではないでしょうか」
と答えた。
 「そのとおりだ。山羊汁は人間の薬、あとひとつ、沖縄でなくてはならないもの、それを飲むと人の真心が表われるもの、飲物でいうとそれは何か、おまえたちは分かるか」とおっしゃったので、二人は考えた。
 「そうですね、沖縄で、飲んで楽しくもあれば、またくずれるのも本当の真心を表わすものといえば、金城御酒ではないでしょうか。金城御酒では」
 「うんうん、これだ、酒を飲ますと、人の心が分かるので、まさしくこれだ。それではわたしの前に山羊汁と金城御酒を持ってきなさい。それを天の神々にお供えしなければならない」
 そうして、両親は言われたとおりに、山羊汁と金城御酒を準備して持って行った。それから天の神々にお供えして御願いをした。
 ニヌファブシが
 「おまえたちに徳をつけてあげよう。ウマヌファブシよ、帳簿をあけて、十八の上に八の字を書きなさい」
と言われた。そして、
 「おまえたちの子どもば十八の上に八をつけて八十八になった。もう八十八歳まで大丈夫だ。」 これを聞いて、両親は何度も何度もお礼を言い、喜びいさんで家へ帰った。
 それから、年月が流れ、息子は家もりっぱに継ぎ、やがて八十八歳の八月八日を迎えた。
  ウマヌファブシ
  ニヌファブシ加那志
  助きやいみそち
  八十八なたる御祝さびら

  枡に米盛やい
  トーカチゆかきてぃ
  残る米枡や 子孫たまし

 ウマヌファブシとニヌファブシがお助け下さって八十八歳を迎えたので大きなお祝をしましょうということでトーカチスージ(米寿祝)が始まった。

注 ニヌファブシ
   子(北)の神
  ウマヌファブシ
   午(南)の神
  トーカチ
   数え年八十八歳の米寿の祝い。旧暦八十八日におこなわれる。トーカチは元来、米の枡切りに使う斗掻の方言。平たい籠に米を盛り八寸くらいの竹の斗掻を一本ずつ配った。

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