読谷村史編集室 読谷村の出来事を調べる、読谷村広報データベース

1994年4月発行 広報よみたん / 11頁

【見出し】基地返還から19年地籍を確定-長浜返還軍用地主会-

 返還軍用地の「読谷陸軍補助施設」(長浜)の地籍が19年ぶりに確定し、平成五年十二月二十二日にやっと登記に結びつきました。

   基地返還と地籍調査

 同施設は、昭和三十五年三月にミサイルの「ホーク基地」として米軍に接収。その後、「読谷陸軍補助施設」に名称を変え昭和四十九年十月三十一日に基地から返還は実現したものの、地主間の土地境界は不明のままでした。このことから村では昭和五十一年三月二十三日に那覇防衛施設局部長、地主会長、読谷村長の三者間で『読谷村の返還軍用地の地籍確定調査に関する覚書』を締結し、同年八月ぁら地籍調査(集団和解方式)への取り組みを開始した。

   地籍調査が中断

 地主確認作業は地主会役員らや測量会社を中心として精力的に進められたが、地主の同意が得ることが出来ずに中断し、時は流れた。
 昭和五十五年六月二十九日、地主会は総会を催し、
①各地主から誓約書を取って土地調査をやり直す。
②土地調査は道路を取り付けて比例配分で実施する。
③土地調査の費用は復元補償費で充てる。
④再調査の測量業務は別途発注する。
ことを決定し、地主会と各地主とで誓約書を交わし、再度地籍確認作業が進められた。その結果、昭和五十九年には地積図も完成し、七月及び九月には地積図の閲覧・合意作業が行われたが、土地の配置や減歩率などの問題で全員の合意が得られず地籍確定作業は再び中断を余儀なくされた。

   やっと地籍が確定(認証指定)

 平成五年二月、読谷村と地主会(仲村渠俊一会長)では問題点を洗い直し、解決に向けて沖縄県土地調査事務局へ認証業務の協力を要請する一方で、地主との協議・調整を図り、測量会社との地籍調査の業務委託を実施し、問題解決に向けた測量調査(四月~九月)に再び動きだした。
 村や地主会の精力的な取り組みの結果、長浜(返還軍用地)の土地境界も全地主の合意が得られたので国土庁への認証申請(国土調査法第十九条第十五項に基づく申請)が行われ、十一月十九日に国土庁から認証指定を受けた。
 この指定に基づき、村では直ちに那覇地方法務局・嘉手納出張所(登記所)に地籍簿成果を送付し、その成果は十二月二十二日に登記完了した。
 本村での返還軍用地の地籍調査は、トリィ通信施設(古堅、大湾、渡具知地区)やボーロポイント射撃場(波平、高志保、儀間、渡慶次、宇座地区)、ボーロポイント・サイトA(座喜味地区)、同サイトB(瀬名波地区)の地籍問題を解決。今回の読谷陸軍補助施設(長浜地区)の認証・登記に伴い本村の返還軍用地の地籍問題はこれで全てが解決したことになり、長浜地区は基地の返還から実に十九年目にして初めて、地主の諸権利が活かせるようになりました。

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